こんな調子でフリーランスなんてできるのだろうか?疲れがひどい。今日は10時から15時までやった影響もある。より、正確にいうと、10時から16時くらいまでやってしまっていた。こんな時こそ、自分をセーブしなければならないのに、久しぶりに疲れがどっと出てしまった。健康な体に健康な精神は宿るらしいが、私の体は健康でもないだろうし、精神にいたっては腐りかけているものだから、なんて自虐的なものをいうものではないぞ。ただ疲れはある。幻聴や妄想はないが疲れはある。このブログを読んで私のことを監視しているものたちがいる。そんな人間に踊らされるな母と父よ。私は必ず回復するはずだ。そう信じたい。ジェミニも、当たり前かもしれないが、今は回復途中なので、何もしない日があっていい、と教えてくれた。
作業所では課金した成果もあってアンチグラビティのジェミニ3flashは問題なく使えている。さらに何か有効活用できないか考えているところだ。いや、待て!君は疲れている。バカな考えを起こす前にやめるべきだ。考えるのをやめよう。ただ、意識の流れをたどるのだ。光が見える。スマートフォンの光と、部屋の電灯の光だ。もうずいぶん部屋の雨戸は開けていない。
歩くんだ。また家の中を歩き回るんだ。同じところを行ったり来たり。疲れた。意識の中で僕は生きている。疲れの中で僕は生きている。父の部屋から父の気配がする。私は間もなくくる兄家族の来週に来襲におびえているのか?ダメな人間だな。嫌われてるからって気にすることはない。ここは、私の家だ。正確には父と母の家だが、普段私の住んでいる家だ。だから、何もびくつくことはないだろう?日曜日は彼女とお出かけする。楽しみだ。明日はその前に作業所に通所しなければならない。
午前中から行けたら、行くし、難しかったら、午後から行くことにする。そのために、借りていた本を読むことにする。簡単な漫画形式なので、読みやすいのは読みやすい。やはり、文字を読むのは他人にとってけっこうな負担なのだろうな。それでも、文字の道をあきらめない私がいるのはなぜなのだろうか?文字にしか出せないものがあると信じているのだろうか?
せめて一階に降りて、一緒にではなくても、同じ空間にいることができるように、少しずつ整えていこう。その結果ダメだったとしても、それはそれで仕方のないことだ。またご飯を部屋まで運んできてもらうだけだ。未来のある子供の目から見て、私はいかにも老いた未来のない中年に見えることだろう。そのことを考えると、人前に出るのが、子供達の前に出るのが、恥ずかしくなる。
今日は花粉症の薬を飲んだにもかかわらず、鼻水が止まらない。どうしたことだろう??
昨日はなんとかお風呂に入れた。明日は通所なので朝シャワーを浴びようか?
どちらにせよ、来年度ぶんのお金を家に入れなければならない。ならないことはないのだが、家にいる以上は、それなりに入れないといけないだろう。
デイケアには来週の月曜日にでも行こうか?兄家族が来てる中で行けるかな?逆に行けるか?それとも、アンチグラビティを使うために、あえて作業所在宅におこなうか?