僕は旅に出た。靴のかかとをなおすと歩きだす。電車に乗って少したってからだった。巨大な闇が襲ってきた。僕はずっと知らないふりをした。闇はやがて去っていった。僕はお姉さんとの会話を思い出したが、あの人はスマートフォンを見つけたのだろう、良かったなと思えた。だが、僕に話しかけてくるなんて、少し違和感を覚えた。この違和感のせいで、父と母もいなくなったのだろう。きっと僕自身が感じる違和感ではなく、僕自身に両親が感じていた違和感なのだ。その異常性を僕は知らずに生きてきた。だから、聞かなければならない。その世界の成り立ちというものを。
電車の乗客が何か話している。僕の父と母に感じることだとわかったが、僕はあえて無視をした。本当のことがわからないからだ。僕の思っていることと、真実は違う場合がある。だが、何か異常なものを異質なものを感じていることはまぎれもない事実だ。
一呼吸つこう。事実の中からひとつずつすべてを積み上げていくのだ。いいだろう?その可能性について、考えていくのは、この世界中の人が僕を知っているという考えに支配されそうだ。何事もなく大きな駅まで来た。ここから、特別急行に乗って東京までいくことになる。まわりから、今は声は聞こえない。父と母に関する記憶の中から、話を作り出しているのか?
だが、私の知らないことも含まれている。父と母が僕を嫌いだという話だ。その点は思ってもみなかったし、僕にとっては、愛された記憶しかなかったので、驚きだった。大きな駅で切符を買って、東京行きの特別急行に乗る。6時間あれば着くはずだ。僕は席に座り、駅で買った弁当を食べ始めた。電車の発車ベルがなって、少しずつ列車は動き出した。隣に誰かいる。そう感じたのは、弁当を食べ終わってからだった。美味しい駅弁にはチキンと卵とそぼろかけごはんが、入っていた。
隣にいるのは誰か僕にはわからなかった。だが、その人は僕の手をつかんだ。僕はびっくりして声をあげそうになったが、その声は出ずに、かすかな息が僕の口からもれでただけだった。
「なぜここにいる?お前はここにいてはいけない。お前は待っていなければならなかった。父と母は、どこかにいってしまったのだ。お前は1人であそこで暮らさなければならなかった。そのことを伝えに来た。止めても無駄だろうとは思ったが、私はお前に言いにここまで来たのだ」
僕は金縛りにあったように、隣の男を見ることができなかった。僕は何か声を出そうとも思ったが、それもできない。その人は、なおも続ける。
「お前の父と母を探してはならない。お前の父と母は、ここではないどこかにいる。それはお前もわかっているはずだ。おじのもとに行くのなら、行くといい、その悲しみを知るがいい。生きることの大変さを知るがいい。今まで安穏として生きてきた意味を知るといい」
僕はいつの間にか眠っていたらしい。隣の人はすでに消えていて、どこかへいってしまったようだった。僕は駅で買っていたお茶を飲んで、少しだけ、落ち着きを取り戻した。窓の外を見ると、誰か知らない人が、何かを焼いている風景がずっと続いた。何かそれは葬儀を思い起こさせて、僕の中に巨大な不安を巻き起こした。僕は、目をつぶって、持ってきたラジオを適当な選曲をすると、列車内で流れている音楽番組が流れてきた。僕は少し落ち着いて、音を音楽でかき消すようにした。僕の中に知っている曲のリズムが流れ始める。少しずつ落ち着きも戻ってきた。
僕は窓の外を見るのをやめて、目をつぶると、出発の駅で話しかけてきたお姉さんの顔がなぜか浮かんできた。いや、お姉さんは声こそ若かったが、よくよく考えるとお姉さんであるという保証はどこにもなかった。仕草からそう思えただけだ。お姉さんはマスクをして、フードをかぶっていた。あの人はどこの誰なんだろう?とまた別のことも浮かんだ。あれは、いつまであの家の近くの秘密の場所に来ていたのだろうか?あの人は人であったのか?確かにしゃべっていたようだったが、人ではないのかもしれないという考えがわいては消えていった。この世に人でないのに、しゃべるものなんているのだろうか?とも考えた。それとも、この世界自体の歪みを表現した存在なのだろうか?僕は列車のゆれに身をゆだねながら、少しずつ目的地の東京に向かっていく。