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3月5日2026年決まった時間に書くという行為の是非

 決まった時間に書くと習慣化して良いらしい。体も準備をして、書くぞ!という体勢に入ってくれる。しかし、一方では、毎日のルーティンになってしまうと、それ以外の時間に書けなくなってしまうリスクもある。私の場合、だいたい適当な時間に書いているが、一時はモーニングページといって、朝の時間帯に30分だけ集中して書いていたこともある。

 そんな感じで、調子の良い日は書きたくなる。今日Amazonから300円ほどが振り込まれていた。今までの電子書籍の売り上げぶんだ。ありがたいことに、私は作家としては食っていけなくても、私の作品を楽しみにしてくれる人はきっといるはずだと思って、書いている。AIを用いた文章と、AIでは決して書けない文章を書いているという自負はある。AIのデータベースには僕の小説は異質すぎてデータとしてほとんど問題にされていないはずだ。そのことが僕の書く意欲を高めとする。

 旅の物語を書こうと思う。少年が旅をする物語だ。ミヒャルエンデのモモのような、わかりやすくて、わかりにくい、伝えたいものはなくても、書けるんだ。何かを伝えたいわけじゃない。生き様を伝えたいだけだ。私の価値を伝えたいだけだ。私は生きる価値がある。私は文章を書くことによって、生きているに値するのだ。すでに、ブログのアクセス数は数百を越えている。という幻想とも言えないような未来の可能性について考える。私は生きているんだ。そのことを書くことによって表現できるんだ。そのことを知った時の喜びを僕は忘れはしない。まったく形のない私の話だが、矛盾もいっぱいの私の話だが、その中で、私は生きていく。その中の世界で私は生きていく。わかりにくいものをわかりやすく??何を言ってるんだ?そんな高度なことできるはずないじゃないか??私の世界はただ私のためにある。私はひとつfigmaでホームページを作ってみようかとも思う。AmazonKindleの本の紹介のホームページだ。

 また口だけだな?また口だけだな?と誰かがいう。口だけのことは多い。でも、やってることも0じゃない。0じゃないんだ。そのことを知ってほしい。そのことを私であるための礎とするのだ。私は私であるために、ひとびとからおおくのい人々から多くの命をもらった。狂える人々のなだらかな、世界の果てに大きな物語がある。そのために小さな物語をコツコツ積み上げていくのだ。書くということにもっとパワーを使っていいかもしれない。書くことについて、もっと生きていいかもしれない。いきるんだ。活きるんだ。

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