私の中にある大きな問題を明らかにしていく。その中から、さらに大きな物語が始まろうとしている。私の中に大きな巨大な鬼が巣食っているような気がする。そのためだ。世界は、器用なあなたのために存在しているのであるけれども、私はその中から、器用な私のための世界を、器用にしようとしている。同じ言葉にこだわるのは、いろいろと問題があるのかもしれない。新しいカタチがまだ新しく日々の中にある。私は世界をただ、ありのままに見つめている。この中から世界の中にある物語のひとつを日々私の中に命をふきこんでいる。あなたは、世界の中心です、と私の中の私がいう。私は世界の中にいると私はいる。私の中にいろんな私がいる。世界の中に私がいる。いる中に世界がある。ただ、ひとつの物語が入ってくる。その中で巨大な私がいる。私の中にただ、私がいる。私の世界が存在している。そうだ。この命の中に巨大な世界がある。私の中にあなたの世界がある。私は1人の世界にいることになる。あなたの世界が世界の中にあることだ。統合失調症の人にウェブデザインは向いている。そう思うことだ。そう信じることだ。実際私の世界の中にデザイン性が存在しているのかもしれない。あなたの中にある私は私の中にある。その世界の中で、巨大な約束をしているのかもしれない。悲しいすべては、喜びのすべてへと生きていく。その中で私は私でありつづける。私は私のままでいる。その世界を両親も後押ししてくれている。私は私のままであり続ける。私の世界をただひとつの構築された人として存在している。巨大なその機構の中で、何よりも大切にしているものがある?それは、何か、余白、余裕だ。私の中で常にそれをつくる必要がある。ありがたいことに私は世界を信じている。