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私であることの72

 私は私であるが、どこへ行ったのか?私の状態はどこかに消えてしまったようだ。ツボの中の砂がいつの間にかなくなっていたようなものだ。この比喩表現はよくわからないものだが、きっとそれなりに意味があるのだろうと感じる。なぜなら、ワタシから、出てきたものだからだ。私から進められたものだからだ。私の中にさらなる私がいる。大きな私、小さな私、何もしない私、何かをしている私。生きている私。死んでいる私。何かをしようとしている私。何かを伝えようとしている私。何かを知ろうとしている私。何かを見つけようとしている私。いろんな私の中にひとつの形が生まれる。その姿は空虚な実態のないものだった。実体?これか?この字か?私には何もわからない。調べる気も起こらない。弱い私。何も言葉にできない私。私は希望にあふれている。今からは上がっていくだけだ。今からは大切にしていくだけだ。今からは世界を鎮めていくだけだ。私の中にある葛藤よ。私の中にある世界よ。ただ、そのままにあれ!と私は願う。私は祈る。その中において、世界はただ、事実としてのみ浮き上がってくる。悲しみの中に人の涙が浮き上がってくる。どこまでいっても、人は静かに生きている。どこまでいっても人はなだらかに生きている。どこまでいっても私は私を生きている。ただ、それだけ、感じるままに、生きていくだけ。世界のつぼみを信じ抜くだけ。何をしようというのか?何を求めようというのか?寒さが身にしみる。人々の祈りが、ただ、世界の中から、存在をしている。新しい祈りが世界をおおっている。ありがとう世界のるつぼ。ありがとう世界の複雑な神。ありがとう私の神。私を救ってくれる神。私を助けてくれる神。私を見つめてくれる神。私をしずめてくれる神。何よりも、私は私でありたいのか?私は私のことをきっと好きなんだ。そうでなきゃ、これほど自責の念にとらわれない。自分の理想化と自分のこき下ろし、その二つの両輪が私を作ってるのかもしれない。何も答えなどない。どこにも答えなどない。ただ、わたしがいるだけだ。ただ、わたしの世界があるだけだ。その中に私がいる。わたしはわたしの世界から、わたしの命を見つめている。わたしの姿を見つめている。わたしの夜を見つめている。わたしの姿を見つめている。わたしの命を見つめている。わたしは生きている。かなりの力で生きている。かなりの力を持っている。自分への投資を行うべきかな?もっと自分への投資を行う!自分を蘇らせろ!ずっと生きてきた自分の楽しみを!ずっと生きてきた自分の喜びを!世界に感じさせるために??生きていく。わたしは生きていく。その心づもりだけで十分である。ありがとう。ありがとう。

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