×

何をお探しですか?

キーワードを入力して Enter を押してください

コンテンツにスキップ
← トップページへ戻る 日記

言葉のサラダのようなもの

 私は言葉のサラダのようなものをつくろうとしているのか?兄家族は帰った。私のいつもの日常が帰ってきた。私は兄家族と接することを嫌い、私は私に負けたのだ。いろんなことに負けたのだ。そのすべてに負けたのだ。だが、負けてもまだ生きているという事実がある。だから、生き続けなければならない。私の素晴らしい世界をとても大きな世界の中にあるひとつの小さな箱のようなものであると、信じたい。何を言っているのか?私は何を言っているのか?何を見ているのか?私の中で、わがままな気持ち、人を傷つけたいという気持ちがあるのだろうか?私の世界は、私のもとからやってくる。私はただの人である。そうだろう?少し求めているものがある。そのための物語が、日々の中で、蘇りの中で、接している。ただのやつらの中で、静かにとどめていく。許されない日々の中で、今日の明日があるはずだ。まだ今日の世界は明日へといたる。私は狂人か?私の中に入っている世界の中で、なにか意味のない塊が知れ渡っている。そうなんだ。ここには、何もないんだ。私という新しい怪物がここにいるだけだ。私は私の世界を否定する。私は私の世界を見ている。空の中に巨大な竜が飛んでいる。さあ、生きているぞ。この世界に生きている。虹の中に巨大な光が集まってきている。いよいよ言葉が極まってきた。何か意味のわからないものになってきた。私の言葉から、いろんなものが失われていく。壊れていくために?何のためだ?私は生きている。そう。生きているんだ。

 明日は彼女と初詣に行ってくる。いいだろうか?この世界の中に良いものはあるだろうか?希望はあるのか?意味のわからない言葉をつむぐ男に幸福は訪れないのではないか?そうなんだな。その道が光の中にあるのならば、今の世界の中から、私の命がとどまり続ける。

コメントを残す