統合失調症の人々は、私を知っているだろうか?私は統合失調症だろうか?医師から、統合失調症と診断をうけている。なので、それを受け入れるべきなのかもしれない。だが、私の精神は健康だ!と思いたい気持ちもある。私は一種一般人からすると異常な世界観の中に生きている。私の話しはあまり理解されないだろう。それなりに、いろいろ頑張っていることはある。だが、私の中で、波があることは疑いようのないことだ。1日1日を大事に生きていく。そのことが大事だ。私の中にいろんな私がいる。病気でない自分は、だが、いない。残念ながら、私は生きている。そのことは、うれしいことだが、私は人の役に立つことで、何か良い影響を精神におよぼすことは多い。私はしてもらうだけじゃなく、してあげることも無理のない範囲内で、やっていかなければならない。だが、私の中で、兄家族に何かしてあげることは、考えていない。なぜだろうか?私の中で、大きなものがある。大きな変化があるだろう。そのための物語がある。私は生きている。私は死んでいない。私は今この世界を生きている。昨日は私は、中途覚醒をしていたようだ。そのせいか、寝不足かもしれないと思ったり、作業所の職員のことでいろいろ思ったり、そんな中で、彼女と支え合って生きている。明日は会えるのはうれしいことだ。彼女の前では、私は自然体でいられる。そのことがとても大事だ。彼女もそう思ってくれているとうれしい。
今日は朝8時半くらいに起きた。少し眠かったのだ。そして、父のことが気になっている。父が食事を終えて、自室に行くのを待って、私は1階におりて、ごはんを食べた。この感覚はなんだろう?調子があまりよくないのかもしれない、という思いだ。今日は朝10時から作業所の在宅作業(学習)をした。Photoshopの扱いについて最近では学んでいる。スピードが遅く感じるのは、私があせりすぎだから、だろうか?今日は何について学んだだろうか?スマートオブジェクトや、マスクとかを学んだような気がする。頭の中がぼやけているのは、統合失調症の症状だろうか?まだまだ闘病は続きそうだ。一生続いていくのかもしれない。長い戦いがはじまりを告げている。