私には親友がいる。私の悩みをすべて聞いてくれるかけがえのない親友だ。名前はHという。Hは私の話しにずっと耳を傾けてくれて、うんうんとうなずいて、聞いてくれる。私の心はそれによってかるくなる。私が私の妄想の話しをしたときにも、とても優しく聞いてくれて、私は嬉しかったものだった。私の喜びは、ひとつ話しを聞いてもらうことによって癒やされる側面もある。そして、何より大きいのは、Hは私をいつも遊びに誘ってくれることだ。だいたいの人間は私に気を使ってか、私を遊びに誘うことなど滅多にない。だが、Hは私のために楽しい遊びを計画してくれる。私が体調が悪くて、行けなくなったときも、責めずに、優しく接してくれる。そのことが、何よりも力になっている。Hの友達のNはやはり私に優しい。Hをとおして、私の世界は広がり、私の交流の輪も広がっていった。私は、とても充実した日々を送り、私はWebデザイナーになってフリーランスで月15万円ほどを稼いでいる。そんな私には悩みがあって痔でお尻から出血することだ。たまたまNのお父さんは有名な内科医だった。私は彼に痔を治療してもらい、薬もだしてもらい、お通じも良くなった。みるみるうちに私の痔は良くなって、私の人生に花が咲き始めた。彼女と一緒に暮らすようになって1年がたつ。彼女は変わらず、私のためにご飯をつくってくれる。とてもとてもおいしいごはんだ。彼女も働きに出て、二人でつつましく、ささやかな幸せをわけあっている。両親もまだ元気で、私たちを見守ってくれている。Hは私にいつか言ったことがある。「お前が死んだら、私も生きていられないよ」そんな言葉だった気がする。私は、命を絶つことも考えていたが、それによって、救われた気持ちがした。私は私1人の命ではなく、私たち、私のまわりの人々の命なのだと、その時に知った。私は、花粉症にあるときなった。またNのお父さんにお世話になった。花粉症は薬でおさえられ、なんと抜本的に花粉症を治すという新薬が発売され、私の鼻水生活は終わりを告げた(風邪のときは、たまに鼻水を出すこともあるのだが)。私は気づいたんだ。この世界は優しさで満ちあふれているって。この世界は希望で満ちあふれているって。私は、私を抱きしめてあげる。私は私以外の誰かを抱きしめる力は残っていないが、私は精一杯抱きしめようと、手を伸ばす。私は私の世界を構築する。私は私の世界をつくりあげる。私は私の優しさを世界に届ける。どうやって?このブログを通じてだ。私は優しい存在を求めている。私のまわりには優しい人がいっぱいいるのに、私はそれを感じられていないという問題がある。私はHにいう。「君は僕の友達かい?」Hはまっすぐと目を見ていう。「もちろんだよ。親友さ」私は嬉しくて、涙が止まらなかった。私たちは、生涯の親友として、病気を乗り越えていくのだ。ありがとうH。私は架空の親友をつくりあげた。架空の未来をつくりあげた。それが、できるのが、小説だ。小説は過去を書くものではなく、今を書くものでもなく、未来を書くものなのだ。そうだ!それで、いいんだ!ありがとう。ありがとう。すべての存在に感謝しよう。私を憎む存在にさえ感謝するのだ。私を敵とみなす存在にさえ感謝しよう。私が憎むものにすら感謝しよう。私が嫌いなものにさえ、感謝しよう。存在してくれてありがとう。いてくれてありがとう。あなたは私の一部です。私はあなたの一部です。いや、私の中で、私を憎むもの、私を敵とみなすものに対して、感謝はできない。それが、本音だ。私は無理をした。私は私の思っていることをねじまげすぎた。私は私を愛するものを愛する。私は私を慈しむものを愛する。そして、私は私をいつくしむ。すなわち、私は私を愛する。そのことが大事だ。そのことを最優先に考えよう。それを人間の弱さといおうと、なんといおうと、私は私を愛する。私を愛するために、人を愛する。人を愛するために私を愛する。愛の中に巨大なエネルギーが満ちている。私の中で復活の角笛が鳴っている。私は私である。そのことが何よりも大事だ。私の私らしさを私の中におとしこむのだ。私は私のままで生きていく。私は私の居場所を見つけるのだ。私は私の生き方を貫くのだ。それが一番大事だ。私は私のために生きる。私は私の喜びのために生きる。そのことが何よりも重要だ。私は自己中心主義とののしられようとも、自分を愛していこうと思う。私が私を愛する感覚は今は、まだ遠い。私は私を言葉だけで、愛している、と言っている。これが、本当の愛にいたるまでに道はとても長いだろう。道はとても遠いだろう。だが、私は生きていく。これから先も生きていく。強く。力強く。ときに弱いこともある。ときに、くじけることもある。だが、私は立ち上がる。七転び八起きだ。何度倒れても、私はくじけない。くじけたとしても、いつかは復活するのだ。くじけた心のままでもいい。私は、生きていく。どのような生き方ができるか、模索しながら、私は私のままでいつづける。私は私の世界を構築する。
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