妄想とはいかなるものか?理性的に考えれば、通常起こり得ないことだと、わかるらしい。ただ、そのわかるはずのことが、わからなくなっているのが、この病気の一つの症状らしい。私は、統合失調症という病にかかっているが、いつもいつもしんどいわけではなく、いつもいつも妄想が出てくるわけでもない。その点は、強調しておく。だが、この状態も大量の(朝昼晩で合計11錠)薬によって支えられている現状があるのも事実だ。再発して、すでに1年半がたった。私の状態は少しずつ回復に向かっていると信じたいものだが、まだまだだと、感じることもあったりして、なかなか回復のペースをつかみきれていないのが、現状だ。
私の妄想の特徴は大きくわけで2つある
- 他人から嫌われているという妄想
- 元職場の人間が私を狙っているという妄想
- 中高生が私のことを知っていて、噂しているという妄想
3つでした。特に人間関係の発生する場においては、大きく、新しい妄想が付け加わっていく。具体的にいうとB型作業所について、自分は職員から嫌われている。職員から悪く思われているんじゃないか、という妄想である。そのほかには派生して、兄家族から嫌われているのではないか?いや、そうに違いない、といったかなり強固なものまで大小様々である。
元職場の人間が私を狙っているという妄想はさすがに年月とともに、影をひそめてきたが、いまだにふとした瞬間に思い出すことがあったりして、今日もその妄想について彼女とかなり長時間に渡って話した。自分の中で後悔や罪悪感があることが、原因のひとつかもしれないと思うこと自体が、ひとつの病気の症状だろうな、とは思う。本来なら、人は忘れていくものだ。新しい記憶に塗り替えられていくものだ。それが、できないでいる私自身に問題があるのか?と考えつつも、全部病気のせいにしてしまうのが、正常な判断だろうな、とは思う。
中高大学生の集団が、いてなにか話しているとき、(特に笑っているときなど)私のことを話しているんじゃないか、という不安に駆られる。この不安や思い自体は、妄想と分類してもいいのか?と思うほど弱くはあるのだが、実際に感覚としては、外に出て、学生の集団にそうぐうすると、強く出ることはあるので、気をつけている。(なるべく学生のいる街に行かないなど)
妄想に対するなにか良い対策があれば、良いのだが、今のところ、他のことできをまぎらわしたり、薬に頼ったりするのが、定番になっている。それは、それで、おさまるなら、それでいいのだが、どこかに頭のどこかに脳のうずきのようなものを感じて、その感覚は、やがて私の将来に大きな敵が現れるのではないか?大きな困難が待ち受けているのではないか?といった感覚を起こさせる。実際問題、大きな困難が待ち受けているのは、間違いないのかもしれないが、今の段階で、あれこれ考えても仕方のないことを無限に考えてしまう思考のループ状態は避けたいものだ、と思う。妄想とは距離をとって、他の世界の出来事のように眺めるように、遠くへ遠くへ、私とは違うどこか遠い世界の出来事として、とらえようという試みはある。それは、私の世界観自体を抜本的に変えてくれるはずだ。むしろ、頭の中が、お花畑であるくらいのプラスの言葉に満ちあふれた世界に接するべきだと思う。私は私の中をプラスの言葉、励ましの言葉、優しい言葉で満たしてやりたい。そのためにひとつ小説の中で、いかせやしないか?と考えていることもある。私の中の妄想めいた話しとは別にまったく真逆の世界を形にすることによって、プラスの想念に包まれていくのではないか?といった試みだ。今日から始めてみよう。さっそく。