私は私であるためにひとつの可能性を考えた。だが、そこには何も無い。何も無いのだ。彼方から人々が生きている。なおも実際の人々が存在へと忘却されている。さらには、大きな物語がある。さらには、大きな嫌いがある。私の中で前向きな方向性についていろいろなものを人々から静かに追っているものなのだ。さて、そこまで知っているのだろうか?それまで、いっているのだろうか?何も意味はない。意味などどこにもない。私は私の世界を形づくっている。私のために人々が、ソレの内容を聞こえているのか?あの歌はまだ歌われていますか?私の中に他の要素が入ってきている。私の中に大きな裏切りが入ってきている。空の中に意識がある。意識の中に私がいる。私の中に嫌いという感情が入りこんでいる。私の果てに私がいたとしても、その諸々のものごとが、波状的に壊れていっている。あなたは聞くだろう。「あなたはどこから来たのか?あなたはどの程度のものがあるのか?あなたは生きているのか?あなたはそこから始まっているのか?あなたの物事を静かに沈めていく。彼方からあなたは取り除かれている。あなたは世界へと沈められている。あなたは余談を許さずにあなたは予断を許さない。ただ、それだけの存在だ。ただ、それだけの実力の世界なのだ。実力がほしい。私に実力があればいいのだが??私の中に大きな力の中身がある。私の中に大きなゆるぎないものがある。そう信じたい」
そこまで言って、何かを探すようにあたりを見回した。その空気は澄んでいた。まわりには巨大な建物がところ狭しと並んでいる。その中で、私たちの世界が広がっている。私の中に巨大な空が縮まっている。私の中からあなたの中へといくものがある。私の中に空がある。巨大な導きがある。その中で、私は自らの力をそのものとして、力の中にあるものを取り出そうと試みた。私は抽象的な、あまりにも抽象的な物語を書こうと試みている。その中で音の響きが私の中にある。巨大な私の前向きな力を私への未来への響きとする。私は私の世界を構築する。私は私の空の響きをまだ見回しているのだ。ありがたい。とてもありがたいのである。私は世界の中からなにか巨大なものを狭めている。大いなる導きの中で、大いなる世界が私を包んでいる。その中で大きな物事が進められている。私の中で、大きな物事が聞こえてくる。タイプミスなんて何か?タイプミスするものですけど?なにか?私は居直っている。私は居座っている。どこに?どこかの世界に、どこかの居場所に、、、。ありがとうございます。ありがとうございます。いさせてくれてありがとう。私はここにいる。私たちはここにいる。私は世界の中に暮らしている。私は世界の中で潜んでいる。私は自らの中にひきこもっている。私は自らの力を過信している。だが、それでいい。だが、それでいいのだ。私は怒りの中から、人々の中から、人々の世界を包みこんでいくのだ。