私は私であるが、私ではない部分もふくんでいる。そのための私の力になるものがある。私は人々の祈りを得るだろう。人々の世界を知るだろう。人々の夢を導くだろう。人々の世界を整頓するだろう。
私にはコミニケーション能力がないと思っていた。そして、それはある意味事実であろう。私は人と仲良くできないのだ。私は異常な人間であるという思いがある。私はいわゆる普通の人とは違うのだと、認識している。私のために私がいること。
私のために人々がいること。そのことを深く認識せよ。そして、そのためのひとつの思索を深めなければならない。思いだ。それは、ひとつの思いである。ひとつの思いが連なって、一つの形となる。私は人々の祈りの中にひそむその世界を見ている。私は何も考えずにただ、心の命ずるままに書いている。
書くことは、やがて大きな地平線となっていく。何も考えずに書くだけで、大きな地平線となるのだろうか?私は私の世界を侵食する。私は過去の自分を乗り換えていく。過去の自分を乗り越えていく。その姿をまだ見ていない。
その姿はまだ私の中にない。私は私でしかない。私は私の中にいる。私は私であることの意味を考える。なぜ、私は私なのか?大きな力が働いているのだろう?少しずつ変化していく関係性の中で、大いなる緑がはさみこむ。
我は海の子。という歌があったような気がする。私は私であるために、私のすべてを捧げる。私は私であるために、私の道をきわめる。強い力によって、私は私であるために、私でしかありえないために?そのための世界を、ひたすら見つめるのだ。力のすべてを私たちの中にいる、あの力を。すべての人々に祈りをささげるための力となす。