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私であることの51

 私は歩いている。雨の中の家の中を歩いている。あかりをつけて歩いている。今日は疲れがそれほどでもないので、夜中入れそうだ。どこに?お風呂に。そこから、始まる何かがある。他の人がいない他者性のない私の物語を誰が読むだろうか?誰も読まないだろう。私少し現実に帰ってきている。私は少し今にフォーカスをあてている。そうなのだ。適切な変換位置こそ、重要なのだ。無駄に長すぎるのは良くない。今の一文なんかでも、まったく途中で区切らずに、変換した。結果的には成功したが、どうなのだろう?わけありげな変換をしてしまう場合もある。具体的なものを求めているのか?もっと具体的なものを?抽象の秘めた力をあなたたちは知らないのだろう。私はただあなたの中に入り、あなたの中から出ていくだろう。知っているようだ。あなたは知っているようだ。うまく疑問系を使って、文章を前に進めることを。なぜ知っているか?経験からだ。いや、その昔誰かに教えられたのかも?それもまた経験だ。言葉にするには小さすぎる。あまりにもか細い声で、あなたは今日という日をささやきあう。その中で、巨大な大木が姿をあらわす。どこにも行っていない。彼はどこにも行っていない。そこから、おおきく電車に飛び乗って、都心部に出た。つまり、都会に出たのだ。都会は店にあふれていた。店の中に靴屋があった。靴を買おうとしたが、お金がなかった。店の中に服屋さんがあった。服を買いたいなと思ったが、お金がなかった。その瞬間、オナラが出た。街中の騒がしさのせいで、誰も気づいていないらしい。ホッと胸をなでおろす。次の瞬間、大きなものがきた。まずい、これが人間なれど、この人間さはここでは発揮してほしくなかった。次第に追いつめられる。Tはどこだあー!叫びたい気持ちに駆られる。だが、どこにもない。あせっているから、見つからないだけだ。きっとどこかにある。だが、見つからない。駅の方へ向かう。駅のトイレを借りよう。駅に入る。トイレの位置ははあくしている。よし!入った。だが、個室はすべて埋まっていた。私の中で絶望があらわれてくる。最悪だ。誰かが水を流す気配すらない。あきらめて他の場所を探すか?だが、一度入った駅は出れるだろうか?と考える。そのとき、大きなものが強くやってきた。私はこらえきれずに、ただ、そこにいた。都心部にひとつの事件が起こったのだ。その中で、私は大きく息をつく。帰ろう。私はそのまま電車に乗り、自分の家に帰り、熱いシャワーを浴びた。昨日までの自分と違う自分がいた。私はもう◯◯した私なんだという思いが、頭の中にいっぱいだった。ズボンとパンツを洗い、翌日の晴天の空に干した。うん。朝のコーヒーはいつも通りだった。執事のエリザベスは、今日もいつも通りであり、次の日ももいつも通りだった。「今日の天気はどうかな?」聞くと、「グッドでございます」という。うん。そうだ。あの人を見るたびにハチの巣を思い出す。小さな頃にしっかりと目の前に見つめたハチの巣。お父さんをいじめないで。お父さんは歳をとってるんだ。お父さんは大変な思いをしてきたんだ。だから、だから。優しい人だよ。そうでない時もあったかもしれないけど、優しい性格だよ。うちの大黒柱です。うちの1番の人ですよ。ありがとう。いつもありがとう。エリザベスは言う。「お父様はグッドでございます。何よりも誰よりもグッドでございます。エキセレントにございます」夜星は思う。この世界に影などひとつもなかったら、どうなるのだろう?自分を責めないで、自分を苦しめないで、物語がはじまる。彼は食事をしている。ゆでたパスタを食べている。ありがとう。ありがとう。感謝しながら、食べている。

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