私は私であると思うのです。私なんていないと思うのです。私は私を響かせるのです。何もない世界の中から、何か良いものが現れてくる。素晴らしい花のにおいがする。美しい花のにおいがする。私は私の前にいる。私は私の後ろに歩いている。私は私から離れていく。私は私の物語を語っていく。生きることの意味。何かを調べることの意味。何かを求めることの意味。私は私でしかない。私は、私である。何度も繰り返し返ってくる。あの値とともに、私は私を後ろに出す。空の中に空の色がある。私は私の色を見つける。静まりたまえ、あなたのあなた。静まりたまえ、私の私。ありがとうございました。ただ、感謝の言葉が出てくる。ありがたいことだ。あることが難しいことだ。ありがたい。ありがとう。繰り返し私は空の色を見る。私の全てをすべての中に入れる。私は私の中にいる。あらゆる物事の全てを空へと整えていく。私は私である。私は私でしかあり得ない。私は私から解放されるために、私を離していく。私を遠い私へと離していく。その中に何かがあるようだった。素晴らしいものがある。私の中に巨大な世界がある。私の世界がここからやってくる。あらゆる整い方が、私を調べ尽くしている。絶望へとたどり着く道は希望につうじている。わたしはただわたしであり続ける。記憶の中でわたしでありつづける。私は私の中の問題児を私へと至らせる。私は私の中の問題を私の外へと追い出していく。その結果、外に出る私の分身が生まれていくのだ。私の半身が生まれくるのだ。誰にもないことがある。誰にも空がある。君たちの夜がある。あなたたちの世界がある。私たちの世界がある。愛されているのかもしれないね?神に愛されているのかもしれないね。私は神に愛されているのか?神は私を愛しているのか?すべてのものは人間以外のすべてのものは私を愛しているのか?人間もすべての人間が、私を愛してくれるだろう。潜在的な意味において。私は私の中にいる。ただ私は私であり続ける。ただの明日の夢となる。ただの夢の中身となる。私は今日も夢を見る。私は今日も私の夢を見る。私は私から離れられない。効いてきたのか?痛みがやわらいできた。マシになってきたというべきか?夜星は、言葉を発する。「あなたたちは、すでにやるべきことはやった。だが、この現実は変えられない。私の世界に私の言葉がある。
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