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私であることの43

 私は私であるが、何者でもない。私は今日私となった。だが、その中で、何か異質な存在へとかえっていく。静かに求めるままに私を存在させよ。私の求めているものはなんだろう?わたしは私の罪のゆるしを求めている。誰にそれができる?誰にそれができる?誰にもできはしない。神のために生きることだ。神に頼むことだ。神を世界の中心にすべきだ。わたしはなになにすべきと言う言葉が好きではない。なになにしたほうが良いとか、何々するようにすすめるとか、そう言う言葉の方がまだマシだ。それにもかかわらず、わたしはなになにすべきという言葉を使うのだろうな。使っているのだろうな。わたしはコロナの中で生きてきた。コロナを乗り越えて生きてきた。わたしの中のひとつの形。わたしの中のひとつの物語。私は私の中にある。私は私からある人にとっての罪を何をなすべきか?また使った?罪は許されるべきか?罪はだれにより、許されるべきか?私は私であるが、私は私でない。私は私の罪と私自身を分離する。私は私の世界を分離していく。私は私の光を見ている。何も考えに至るものはない。何も世界に存在するものはない。ここには何もない。私の中には何もない。とにかくないことが、ある。あることが、ない。どちらも同じ意味だ。どちらも同じ存在だ。世界の中で夢が人々を遠くに運んでくれるように?眠っている時に見るあの夢が??何も言葉の中に入る必要はない。私は何を見ている?なんでもいいだろう?私は私のすることについて、私自身に監視させようというのか?無駄なことだ。いや、意味はあるかもしれない。常に私の中の私が存在するのだ。私という倫理的な人格と共に、弱いありのままの自分がいる。その姿を私に見せている。私の中に巨大な終わりがある。私は私の中に世界を立ち上がらせる.私は私の中から、私を導き出す。私の中に私でしかない。私は私であるが、私ではない。その道には、宗教的な意味合いがふくまれている。私の中に私から存在を求めるのならば、私は私であるはずだが、、、?何者もの私ではあり得ない。意味のない言葉の羅列。意味のない言葉のランダム性?私は私の中にある言葉しか出てこない。私は私の中にある私しか出てこない。私は罪を犯したが、その罪を誰にいうこともできずに、誰かにざんげすることもできずに、誰かから許そうとしているようにみえる。そんなおぼろげさが、あなたの中にある。あなたは世界の中にある。私はあなたの中にある。あなたは私の中にある。それも真実だ。また、我々もまた真実だ。

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