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← トップページへ戻る 【小説、詩】

私であることの40

 今日のシズクは明日の水となる。私は寝転がってパソコンの野球を見ている。いや、よく理解の難しい文だったか?パソコンで野球の試合放送動画を見ている。いい時代になったものだ。とても、良い時代になったものだ。ネットでほぼリアルタイムで野球が見れる。クーラーをつけている。10月だというのに、なんだ!と父が怒っているような気がする。肩の痛みは相変わらずの痛みだ。寝転がることによって疲れが、どんどん出てくる。逆じゃないの?寝転がることによって力がわいてくるんじゃないの?わからない。私は何もわからない。ただ疲れが出てきている。夕方の調子の悪さを彼は感じている。あなたはどこにいるのか?彼の問いかけに、誰も何も答えない。ただ自由にただ自然に言葉が出てくるだけ。ありがとう世界。ありがとう命。私を解放したい。囚われた命のかけらから本当の私を見つめたい。生きることの意味を問う。私は誰かのために生きているのか?それとも、私のために生きているのか?私が自己中心的なのはもうどうしようもない。言葉の中に自己中心性が、あらわになっていく。残バッテリー10%。0になるまで書き続けるか?17時になる。夕方がやってくる。私の中の変化として、夕方に気持ちを乱すことはあまりなくなった。どんなふうに調子を崩していたかも書き止める必要を感じる。左肩は今は少しマシだ。このまま良くなってくれたらいいのに、なんてありえない幻想を考える。昨日で湿布もなくなった。右肩の五十肩の時にもらっていたもの。右の五十肩のときよりも、ひどい状態なような気がする。寝転がり方、仰向けのほうが良いのかもしれない。起きて、パソコンをしてる時などは大丈夫である。起き上がって椅子に座る必要があるのか?私は私のままでいることに疲れたよ。私は私のままで生きることに疲れたよ。でも、人生は続く。それが事実だ。現実だ。私は生きているのだが、その生き方は後ろ向きだったのかもしれない。何も読まないままに、何かを書く。書くことの意味。書く私。書く彼。書くあなた。すべてのところから、すべての物語が動き出す。私の中の空白が静かに待っている。起き上がって、パソコンの画面を見ている。そのパソコンには全てがつまっているはずだったが、何も私に与えてくれないだろう。きっと世界の中のいくらかは、悲しい雨でできているからなんだろうなとおもう。私は世界の中に巨大な恐れを持って、まだ生き抜こうと必死にもがいている。恐怖という名のサメは私を見つめている。私の周りをぐるぐる回っているのだ。私はまだ終わるわけにはいかない。私はまだ終わらない。

自然な改行?いや、操作ミス。フリック入力について、難しさを感じているのか?外は怖い。あと5パーセント。そろそろ更新しないとやばい。更新しよう。日記との区別も差別もない。私は私であるが、ゆえに、大きな渦の中でおぼれている。私を見捨てないで、私を知らせないで、私を離さないで、私を殺さないで、私を見つめないで、私を見張らないで、私を傷つけないで、私を生かさないで、私をどこか遠くの世界から連れてこないで。私は私であるが、あと4パーセント。電池が切れる。充電だ。もう十分なんだよ。

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