×

何をお探しですか?

キーワードを入力して Enter を押してください

コンテンツにスキップ
← トップページへ戻る 【小説、詩】

私であることの39

私は私である。故に私を忘却しようとする。そのためのひとつの形がハコブネである。その形は巨大な絵画のような四角になっている。立体面での違いは、その中に過剰な空間を存在させていることにある。そのハコブネには、多くの種類の生物が入っていた。収集者の夜星は、今日も空を星のバギーで駆けめぐる。次はアオバカゲロウだ。次はオカピーだ、と忙しく世界を駆け回っている。まだ歩き続けている。ハコブネは空中をゆっくりと歩いている。そして、夜星もそれに同調するように与えられた力を存分に振るっている。ああ、彼はひとつのコーヒーカップをとり、休むためにあたたかいハーブティーを飲み始めた。ハーブは西の方の産地のやや苦味のあるものだった。彼方から遠ざかる平地。空の中にある大地。私たちは世界をひとつの卵に割った。新しい液体の流れが生まれてくる。静かな光のおとずれとともに、私は私であるためのひとつの世界を提示した。新しい世界の中に極端な平易文が出現する。文字はキリル文字。憎く思っている人は無数にいる。多くの人間たちが世界の中に孤立をまねいている。わたしもまたその1人だ。世界はまだここにある。どこかにあるような気がする。調べ尽くした世界の渦の中に、巨大なしゃれこうべ、がのっている。ああ、永遠よ、どこに行ったのか?夜星は今日も星のバギーをかる。バギーのだすホシクズが流れ星となる。美しいその空を1人の少女が見ていて、祈った。

「わたしの中にあるわたしよ。どこにもいかないで、どこかに行ってしまう気がするから。わたしがわたしで無くなってしまう可能性があるのだから。世界はただあるようにある。あなたの中にあるカゲロウのように」

それから、聞こえてくる歌がある。誰にも邪魔をされない歌だ。聞こえてくる空の中に、夜の波音が聞こえてくる。知っているだろうか?夜の動物園の異質な感覚にわたしは今日も誰かのために消えていく。夜星は、超能力を使って、次々と生き物たちを捕まえていく。生き物たちは悲しそうな目でこちらを見ている。

 なおも生きている。世界はなおも生きている。何者にも知らされぬまま、生きている。誰よりも決めかねている。誰よりも自然な流れである。

コメントを残す