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私であることの30

 私のものはどこにあるのか?君のものはどこにあるのか?彼は静かに空を見ている。彼の名前は夜星(やぼし)という。夜星は新しいものを求めていた。それは、この場所にはないことがわかっていたので、他のどこかにいかなければならない。彼は少し首を傾けると、蜜のような甘い感覚に襲われた。そのために、何か悲しみをふくんだものが、生まれてきて、消えていくようなむなしかを感じる。夜星は、何か感じるものがあった。その感覚は深く深く心の奥底に根ざしたものだった。別れた女性のことを思い出した。黄色の帽子をかぶった人だった。よく口癖に「あなたはよく知っている」と言っていた。けれども、夜星は一度として彼女を理解したことはなかった。何か表面的な水面に浮かぶ木の葉を見ているようなものだったのだ。

 夜星は空をまた見る。きれいな雲と青空が広がっている。この河川敷に何か悲しみに似たものがあったとして、彼はそれをひろえるだろうか?

 誰だったか忘れてしまったけれど。こんな会話を交わした記憶がある。

「きっとあのスーパーマーケットには、黒い砂糖の塊はないけれども、それでも行くのですか?私は何度も念入りに確認しています。砂糖のコーナーには、黒い砂糖はなかった。そのことについて、あなたに伝えようとするときに、私はいつもおかしな気持ちになります」

 夜星は落ち着いた口調で、いつものように話しだす。「うん。きっと、そう。きっと砂糖はないんだろう。それでも、僕は探さなくちゃならない。あの人はもういないけれど、僕に頼んでくるんだ。遠い場所から、僕に頼んで来るんだ。だから、僕はあのスーパーマーケットに行かなくちゃならない。それは玄関を出るとき鍵を閉めるってくらい自然なことなんだ」

 その会話をなぜ覚えているのかはわからないが、黒い砂糖があったのか、なかったのか、さえ記憶にはない。そんな1日の夜が、彼を孤独の淵へといざなったが、そのことについて、彼はずいぶん前に抵抗するのをあきらめていた。だんだんと夜更けになるたびに、コーヒーが恋しくなってくる。夜星はいつも、空を見上げている自分を愚かな存在だと思ったことはない。だが、中にはそう思う人もいるということは、理解していた。彼はいつもどこかぼんやりとした空の中にひそんでいる静けさというものを愛していたのかもしれない。それでも、その愛はいつか消えてしまうのだろうと思春期の頃は思ってきた。特殊な彼の足には6本目の指がある。だから、どうしたのだ?と彼はいつも思っていた。だが、その事実を知った人は気味悪がって、彼に近付かなくなった。いったい5と6の間にそれほどの違いがあるのだろうか?と夜星は思った。そのまま、ベッドに寝ていると、猫の気配がした。飼っているわけではないが、なぜか夜星の家によく姿を現す黒い猫だ。光る目で、彼を見つめている。夜星は、何気なくせきをした。そうすると、猫の気配はなくなった。父のことを思い出した。漁師をして、夜星のことを育ててくれた。彼は父のしわの深く刻まれた笑顔を思い出して、胸が温かくなった。

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