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私であることの24

 私であるということを考える。開かれた世界の記憶の中で、私であることを考える。私は何もない。空白の中にいるような気がする。私は幸せな世界を求める。私は穏やかな世界を求める。どんな世界にしろ、そこにはあなたがいる.あなたがいるということは、結局何もそこにはないということも意味する。空からの五つの星の落下によって、7つの太陽が復活する。私的なものから詩的なものへ。私は何も考えていない。私は何も考えない。感じるままに生きている。だが、その感じるということが、逆に私を苦しめる。嫌な感じ方をすることが多い。人の言動に対して、嫌な感覚を持つことも多い。ひとつひとつの試みが私によって、苦しみの連鎖へと作り変えられていく。ある出来事Aに対して、私はある感じ方をする。その感じ方は、苦味をふくんだものだ。つらさがどんどんと出てくる。私の中にいる大きな人間が私の中にいる小さな私をいじめている。何を知っているのか?何も知らない。私は何も知らない。この世のことわりも。いいじゃないか、愚痴を言ったって、それで、心が発散されるのだから。大きな心で、それを聞いてくれるかい?ありがとう。ありがとう。私は今君からの時を得た。あなたは私である。私はあなたである。私はこれからの世界を見つめる。逆流してくる.空気が逆流してきて、ゲップとなる。私はそのげっぷをして、何も感じないだろう。何も感じたことはないだろう。ただ、たまに胃酸が出て、戻しそうになるのはつらいところだ。何もない。ここには何もない。私のことを知っている人からは、私のことを知らない人の姿が見えないのだ。きっと、ものごとの流れは、そういうふうにできている。美しい姿がいる。美しい姿がある、といったところか。

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