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私であることの14

 すべてはヒヤシンスのようだ。意味はない。ただ言葉の響きが気に入っている。私の中にオロチが巣くっている。誰もが見えるその晴れやかな姿に、何もあなたへの贈り物がないのを知ってしまう。(きっと今ではこの世界、何もかも悲しみの中に沈んでしまうのだから、私の中にある巨大な陸運機のようなものだから)決して世界は沈まないような気がする。ひとつの形としての終わりはいつも私たちのそばにもたらされるけれども(きっとこの世界は絶え間なく動いている渦のようなもので、世界はただ時間の流れの中で巨大な空を見つめているに過ぎないとしても?)、何もない世界はただいつものように何もない世界を演出している。バルムオ・クーという人がいた。片足が重いといつも言っていた人だ。その人に何か世界を与えようとヒモのようなものが、回転しているのだろう。だれもが、つながりを求めている。そして、空いた時間で世界を構築しようとしている。私のような過激な世界主義者(世界という言葉を乱発する人間にとっての世界は、なおも静寂さに包まれている)は、さらに大きな悲しみをまとっている。君たちの世界にこそ、世界があるというのに?まだ私たちの形のない始まりは告げていない。告げ知らせる鳥たちの鳴き声は遠い山を越えては響かない。そんな奇妙な池の向こうの暗闇に、大きなミミズクの目のようなものがある。それはバルオム・クーが探し求めていたものだ。彼は話している。演者のTと。

「やっかいなのは、あの山がまだここにあるということだ。かなりのひんぱんさで、私たちは理解を求めなければならない」

「まばゆい光のように、あなたは誰よりも幸せをつかむだろう。だが、そこに君はいない。そうだろう?あの日の夕日を見たのは君ではないのだから」

 巨大な雲が大地をおおうとき、光の虹が世界にかかるだろう。私自身のかけらがくずれおちていく。だれかから、もらったものではなく、静まり返った世界の静寂の中で、あなたたちの夜が爪のように世界を傷つけるのです。ライオンがほえたような声で、犬がほえているのを、聞いたことがあるものは、狂者であるのか?その継続性を私に預けようというのか?わたしはわたし自身のあいまいさで、人々を救おうとしているのか?わたしの世界。ああ!わたしの世界!なんでもない不思議な世界。究極の存在者、わたしからのプレゼント。外国の川を見よ!外国の大地を見よ!フランスの赤土を見よ!世界に彼方からの手紙を求めよう。私たちはあなたたちを慈しみます。第七の顔が私をむやみやたらとおどろかせる。知ってくれ世界。あなたたちの道はどこまで行っても坂道なのか?それともへいたんな道なのか?わからない。私には何もわからない。

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