塔の中はひんやりとしていた。わけもわからずに大声をあげる私。末期的な状態が近づいている。私たちの世界がまたひとつ大きな違いを生み出してきている。塔の中には4つの巨大な石が置かれている。わたしは一つの石に手を触れると、急に悲しくなった。
あの時の悲しみ。私が自らのミスであの人を傷つけてしまったのだ。Oはもはや、帰らぬ人となった。あの時の触れた手の温もりを今では忘れ去ってしまったというのか?その悲しみの中でリスが1匹やってくる。愛くるしい顔で、私の地獄への旅行を慰めてくれる。
鬼たちが両親を痛めつけている光景が浮かぶ。そして、鬼たちは笑っている。真剣に痛めつけているのではない。ふざけて痛めつけているのだ。それが何よりも許せない、と思った。
二目の石に手を触れると、私は図書館にいるような気持ちになった。Sの泣き声が聞こえてくる。静寂の図書館でSは泣き続けている。その声を聞いて、私はまたか、とうんざりとした気持ちになる。あの日泣き始めたSはまだ泣いているのか?まだ両親を求めて泣いているのか?私は、またか、とまた思ったことを誰にも告げなかった。だが、心のうちには巨大なマグマとなって、残り続けた。
3つ目の石に触れると喫茶店が現れた。白い壁をした喫茶店だ。目が穴のようになっている店員が「いらっしゃいませ」と声をかける。私はメニューを頼む。いつものパンケーキ、ホイップクリーム付きだ(もっともホイップクリームは今にも崩れそうで悲しみに満ちているようだった)。そのパンケーキをナイフとフォークで食していく。ホイップクリームが、少しずつ崩れていき、やがて海のような大海になってしまった。そう。ここは、太平洋の観光地。そう。ここは、誰も私を知らない土地。そこまで考えてから、私は現実に引き戻される。
いよいよ、最後の石だった。どうやら、この石は私を試しているらしかった。私の過去の情景が現世の情景が思い出されていく。何も言葉を持たない男が立っている。4つめの石に触れた直後だ。男はぼんやりとこちらを見ている。何も目には光が宿っていない。どこにもない空を見上げているような目だ。悲しみもない。ただ、あるがままに世界を見つめているようなものだ。見てくれる人がいる喜びに私は満たされた。この地獄で私は孤独だったのだ。この孤独さを誰が知るだろう?あなたのために世界を等しくしていこうという試みに、私はおどろいて手を出そうとする。しかし、強力な男の力でわたしははばまれた。そうだ。あの日見た夢はまだ私から、世界をとりあげていない。
4つ目の石を触れ終わると、次の塔への道が示された。リスがやってきた。
「進むんだ。君は進まなくてはならない。君は過去から進まなくてはいけない」
私の肩にリスはのると、おとなしく動きを止めた。
そうだ。進まなくてはいけない。過去と決別するために。そうだ。進まなくてはいけない。過去を乗り越えるために。誰もが安心感を求めている。私を例外ではない。Mが待っているであろう第二の塔を目指して、私は歩みを進める。そこには新たな道が見出されていた。世界が何かを指し示している。私は疲れとともに、くすぶるような快感も感じていた。誰かを見ることもない。誰を見ることもない。世界はただ人の集まりとしてあるのだ。