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← トップページへ戻る 日記

今日はひさびさのデイケア

 今日はひさびさのデイケアに行った。9時に出る予定だったが、少し遅れてしまった。自転車で初め行こうとしていたが、途中で心が折れて、デイケア最寄駅の一つ前の駅で、駐輪場がちょうど空いていたので、ラッキーとばかりに自転車を止めて、電車のホームへ。電車は電車で歩くのが大変だし、駅のホームは決して冷房効いてるわけじゃないし、でかえって、最後までデイケア自転車で行ったほうが良かったのかもしれない、と思った。帰りは接触事故の影響で、電車が遅れるわで、帰ったのが13時半くらいになってしまった。

 デイケアでは、いつも通り、リラックススペースで、横になって診察まで過ごしていた。汗をかいていたらしく、横になっていたスペースがぬれてしまったが、なんとか乾かして、事なきを得る。

11時からの診察予定だったので、10分くらい前にスタッフの人に行って、クリニックに下りる。診察ではマイナンバーカードを使って保険情報をやりとりしてるらしく、マイナンバーカードをお願いしますと言われた。なんとかこうとかマイナンバーカードの情報の読み取りが終わって、待っていると。先生に呼ばれた。

聞かれたことは。デイケアどうですか?ということがまず一つ。私はあまりうまく馴染めてない気がすることを伝えたら、ふむふむみたいな感じだった。スタッフや利用者さんが私の悪口を言っているように感じるとも話した。幻聴だろうが、それでも、嫌な気持ちにはなったり、もしかすると?という思いが出てきたりして、なんだか恐怖を感じてしまう。新しく入ったスタッフの方から改めて挨拶してもらった。ありがとうございます。といった形だ。私なんかに挨拶してくれるなんて、なんでいい人だ!と思ってしまった。さらに今日は昼食を時間差で食べたのだが、カレーだったので、おー!昨日食べて、今日の昼も食べるはずだったカレーが出るなんて、なんで偶然!と思った。診察から帰ってきてからは、実存主義について検索をしたりして、動画で知識をたくわえようと必死こいていた。(いや、必死にはなっていないか、ただ、なんとなくぼんやり眺めただけだ、ただなんとなくぼんやり聞いただけだ。J・Dレインの引き裂かれた自己という本は精神分裂病、つまり統合失調症についてかいてあるらしい。カバンにひそませているのだが、なかなか読めていない。何度も繰り返し読むことが大事なのか?それはそうだろうともそれはそうだろうとも。明日で退職の人にもいつも通り、特にお世話になりましたとかもなく、帰ります、ありがとうございました、と言って帰ってきた。私はなんと冷たいのだろうと思いながらも、それもまた善であるという思いを持つに至る。私はいつも通り接することによって、その人の日常を保証したのだ。その人の職務を最後までまっとうさせたのだ。そう人間のする行為の全ては善という意味づけが可能であるが、そのことが善悪の判断基準になりうるのかどうかは、まさに大きなヒマラヤ山脈のごときものだ。さらばさらばと別れを惜しむ私もいるが、基本的には人が嫌いなんだろうか?私はデイケアの誰も好きになれないし、一方的に物事をしてらっているだけの自分に慣れ親しんでいる。可能性としてすでにあるものを持たなければならない。可能性として、すでにないものを悲しまなければならない。なんということだ!世界はただ、私の望みを叶えるためにあるとでもいうように?そのくらいの勢いが欲しい。そのくらいの自己肯定の歌が欲しい。自分を偽ることなく、良くも悪くもない中間の自分を今か今かと待ちわびる人のように?

 それにしても疲れた。暑い中を自転車でよく行ったさ。汗が出てにおいが出てしまうような幻想をいだく。汗とともに私のにおいがたちのぼるという現実を私は見た。駅のホームで汗臭い臭いをした方がいた。私もああなのか?私も臭いを発散させているのか?とがくぜんとする。だが、電車では露骨には避けられなかったし、自転車でも臭っている感じはあまりなかった。だから、今のところ私自身のにおいは幻想かもしれない。だが、現実に私のにおいが発せられる場合もある。脇を指でこすりにおうと、ツンとしたにおいがする時もある。その事実を無視して、母は私がワキガではないというらしい。親バカにも程がある。あるいは、もっとすごい臭う人と比べてるのかもしれない。上には上がいる。それは事実だ。これからのデイケアの使い方について考えてみる。暑さも少しずつマシになっていく中で、利用は一時期よりも増えていくだろうと思う。ご飯は正直同じようなメニューの繰り返しのようで飽きてきた感はあるが、それでも、無料のご飯は美味しいものだ。無料だから美味しいのか?それは、どうにも何かが、論理的に逆転しているようでもある。タダ飯ほど美味いものはないといったところだ。長くなってしまった。それだけの刺激があったということだ。もう終わる。また書きたくなったら書くさ。

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