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朝のモーニングページ8月20日2025年

  朝だ。朝がやってきた。私は今日通院に行くことをやめた。薬は金曜日まではある。いや、もっとあるといってもいいかもしれない。長期間の飲み忘れの影響で、まだ残っている。ただ、便通の薬センノシドはもう金曜日でなくなってしまう。金曜日に行けたらいいのだが、、、。どこまでも、できない。私は自信を失っているのか?どこまでも行けない。どこにも行けずにひきこもっている。ネットの世界に埋没している。ネットで野球中継をみたりして、のんびりと過ごしている。それでも昨日あたりから鼻風邪をひいてしまう。クーラーにあたりすぎというのが、母の見立て。なるべくクーラーは使わないようにしようとしている。人の言う事にいちいち影響されすぎなのかもしれない。まるで操り人形のようだ、と我ながら思う。彼女からも愛想をつかされそうな予感。夕方なら行けるかな?と予約をとって、またキャンセルして、受付の人に迷惑をかけただろう。怒っているだろうか?予約のキャンセルはおやめくださいと書いてあるが、どうしてもの場合は仕方がないと見るべきだろう。自分に甘くする。人に迷惑をかける。そのことが当たり前になってしまった。病院に行くべきか?市販薬で治すべきか?迷うところだ。熱はないので、大丈夫だろう。今日は母はお習字教室には行かないのだろうか?何か違和感を感じる。微妙な違和感だ。言葉と言葉の間にあるひずみのようなものを私は感じている。何を言っているんだ?私にそんな感性はあるはずはないじゃないか?と独白する。何もできない。何も1人ではできない。家から一歩も出ない私。ひきこもりの私。空は青い。だが、私は白いまま。黒くはならない。日焼け止めの必要性も考えなければならない。何を言っているんだ?私は?なにを言っているんだ?なにを言っているか、わからない。無駄な言葉が、無駄を引き寄せる。ダメになっていく。どんどんとダメになっていく。この今の現状について、精神的に弱くなっているのがわかる。あらゆる困難や、労苦を避けようという私の思いがここにはある。それでいいじゃないか?という思いもある。どんどん弱くなっていくとともに、どんどん回復していく予感もする。どれだけ焦っているのか?どれだけ余裕を持てているか?病院の受付の人のささやきが聞こえる。「また、あの人キャンセルして、困るわあ」それでも、私は自らの我を押し通すことになる。それはなにゆえか、なにゆえか?私は私の好きなようにする代わりに人に好かれない。私は私の好きなようにする代わりに人から嫌われる。それが事実だ。それが現実だ。15分くらい書いただろうか?久しぶりにモーニングページを止まらずに書けている感覚だ。といってもプロ野球中継とメジャーリーグ中継をみながら(いや、正確にいうと聞きながら)の文章執筆になっている。私はこの先行くことができるのか?病院にも行くことができるのだろうか?謎は多い。意思の問題か?意思なんて私にあるのか?それなりに強い力が働いている。言葉が出てくるのならば、それはそれでいいだろう。それはそれでいいだろう。通院をのばしたことで、いずれやってくる問題もある。どのような問題があるのか?どのような世界があるのか?どのような手続きがあるのか?私は私自身だらけきっている。私はダメな人間だと思う。それが、どうしたというのだ?私のダメさ加減を誰がどれほど知っているだろう?きらめく太陽。私は30度の暑さの部屋にいる。大丈夫か?熱中症にならないか?私はクーラーをいずれ使うだろう。それが、正しい選択だと思っているから。そこに私の意思はあるようだ。私の楽をしようという考えと、私の暑さへの対策を何か違和感をもって受け入れる人もいるだろうか?大谷翔平選手は44号ホームランを放った。ひきこもりの私とは雲泥の差。どうしてこれほどの差が生まれたのだろう?知らなければ知らないですんだ。だが、テレビの時代ということもある。メディアの時代である。嫌でも知ることになる。そして、号外も出るのだろう。なんとなくそんなイメージができた。私は、父が怒りをもって私をみているのではないか?とみている。そのため父が私を殺そうとこころみているのかもしれないと考えている。だが、変わらず父は優しく話しかけてくれる。食事中もなにも言わない私に対して優しく話しかけてくれる。私は病気を利用して、嫌なことを回避しようとしているのかもしれない。30分たっただろうか?私の左肩は痛みだしている。右肩が良くなったと思ったら、今度は左肩である。そして、右手首である。私はなかなか回復しない。病院に行ったりして、治そうという気力もない。パワーもない。力もない。なにもない。私の中にはなにもない気がする。ちょうどいい感じだ。ちょうどいい音量でメジャー・リーグとプロ野球の見逃し配信の音声が流れている。大きすぎず、気になりすぎず。そんなこんなで私自身の弱さについて彼女もさすがに呆れ気味。というより、優柔不断気味な私に呆れ返っている予感。それは、そうなる。それはそうなる。一緒に過ごす時間のときも、大丈夫だろうか?私の変な虫がわいてこないだろうか?私の変な考えがわいてきて、彼女を困らせはしないだろうか?私は自分で自分を責めすぎている。反省しすぎだと言われたことがある。それはそうかもしれない。だが、なかなか現状は厳しい。私は私を責めることで自らをなぐさめてもいるのかもしれない。~しているのかもしれない。~かもしれない。で表現できないか?なぐさめているかもしれない。なんか独特の文体なのか?私に作られている大きな流れの中で、誰よりも死に近い存在だと受けとめている。昨日彼女がお世話になったグループホームの管理者の方がなくなった。悲しいことだ。彼女と電話して悲しみを共有した。今日は彼女は割合元気そうで、買い物に行くと言っていた。元気そうで、少し安心した。その前に私の病院行く行かない騒動で相談させてもらって、迷惑をかけただろうな。彼女は私より年上なので、子供は無理かなあと思いつつ、一緒に暮らすことはいずれできるだろうか?とも考えている。彼女がこちらに来ることで、それは叶いやすくなるだろう。自分の子供であれば可愛く感じるはずだ、という彼女の考えはあたっているのだろうか?私という人間は自分の子供であってもかわいいと思えない欠陥人間なのだろう、という思いが強い。母はお習字教室に行ったようだ。本ばっかり読まないで、というのは、母の言葉だっただろうか?あれ?母が帰ってきた。やっぱり買い物に行っていただけだったのかな?どんだけ思われても、どんだけ思いやりのある行動をされても、私はなかなか復活しない。残念ながら、残念ながら。悲しいことだが、私は復活しない。私は以前に比べてマシになっているといえるのか?強さは失われている。力強さは喪われている。どこまでいっても私は弱い存在だ。弱い生き物だ。弱い人間だ。自分を否定する気持ち。どんどんでてきてしまう。母の愛でなんとか自分を保っているのか?彼女の愛でなんとか自分を保っているのか?彼女はどこへ行った?悲しみの中でどこにもいかないでいい、なんて言えるはずはない。きっと今日は良い日が続く。そうだろう?君から君に問い続けよう。良い日が続くさ。きっとね。きっとね。私が壊したのか?網戸は?父が何やら難儀している様子。直すためになにが必要だろうか?母の誕生日プレゼントを用意しなければいけない。アマゾンでまたまたのもうか?あと4日だから、急がないとなにがいいかな?花がいいだろうか?直接渡すことができる気がする。今なら直接ありがとう、と言って渡すことができる気がする。なにが良いか、少し考えよう。なにが母にとって困っているか?うーん、、なにがいいか?母の誕生日の後は父の誕生日だ。正直誕生日プレゼントはともかくケーキを用意するのは、しんどいな。去年は弟と協力してやったけれども、しんどかったなあ。誕生日プレゼントだけでいいんじゃないかなあという思いはある。いろいろな思いが出てきたぞ。いい傾向だ。いろんな思いが解放されてきた。しばらくクーラーを使わなければ、この鼻風邪も治るだろうと信じる。明日はB型作業所の受給資格の聞き取りがある。明日は10時に役所に行かなければならない。つらつらと未来について書いていくとともに、過去についても書いていく。私の中ではだいぶ薄まりつつあるが、前の前の職場で、人々の恨みをかった件については今も忘れていないが、良かった思い出も少しずつ戻りつつある。悪かっただけじゃない思い出もあったことに今さらながら、気づく。私にダメ出しする人は当時いなかった気がするが、今は自分自身に自分でダメ出しをしている気がする。自信を持って、生きていくんだ。強く生きていくんだ!と言い聞かせる。私が明日役所に行くことで、何か変わるかもしれない。聞き取りしてもらうことで何か変わるかもしれない。その可能性について考えていく。

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