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私であることの7

 結果として、いや、結論として、私は大した人間ではない。そのようなことは、世界を見渡せばわかる。なのに何故、そのようなことをしようとしているのだろう?そのようなこととはどのようなことか?私自身の命を燃えつくそうとしていることだ。どういうことだ?私にも意味なんてわかるはずはない。ただ、そのように感じたのだ。私は感じるのだ。何もかも愛しいこの世界において、何もかも無味乾燥な世界の一部として存在しているのに?何を世界の中心に示そうというのか?あなたはどこから世界を見ようとしているのか?悲しい歌はどこにもない。誰も歌ってなどいない。悲しみは、ただ悲しみの中に存在して、私たちをなぐさめ続けている。ありがとうございます。感謝している。ただ、あなたには感謝しています。私は多くの人々に感謝しています。揺れ動く世界の中で、ただ私は存在している。幽霊のように?怪物のように?吸血鬼のように?私たちは、世界をただ見つめている。そう。私たちは、世界をただ見つめるだけでよいのだ。そのことを忘れてはいけない。忘れないで、そんなこともあったね、と思い出す日も来るはずさ。何も何もない世界の響きの中で、巨大なスクリーンが私たちをつつんでいる。うれしいのね。その哀しみが、うれしさを増していくのだね。私たちは嬉しいさ。家族ができて、嬉しいさ。恋人ができて、嬉しいさ。新しい命が生まれてうれしいさ。美しい園が私たちの周りを囲んでいるよ。ロマンチックな響きが私たちをつつんでいるよ。しんどくなったときもあったさ。しんどいときもあったさ。もう支えきれないと思ったこともあったさ。それでも、朝日はまた昇る。そうだろう?ムイシュキン?世界の中で、愚かな世界が私たちを整えていく。すべてが1人の男を中心にめぐっている。ニル。ニルヴァーナ。その名前を聞いたことがあるだろうか?6人目の戦術心理士であり、15番目の鍵の門番でもある。数に意味などない。言葉にも意味などない。ただ、ニルヴァーナは生きている。そのことを確かだ。不慣れなタイピングで、遅いタイピングで文字を打っている私。書くことがない私。何もしない私。ニルヴァーナとはいつしか私というものと同義となっていく。うれしいさ。うれしいさ。私たちはふたりでひとつになったんだ。ああ、、世界はそのものとして、絶対精神を示している。私たちの生きていくための体系的な精神の動きの中で、哲学への興味が再び私の中に生まれてきた。まずは問いをたてることが大事なのだ。そう、私は私に対して、問いをたてる。「愛とはなんだ?」私は何も感じない。私は愛しさを感じない。そういう人間なのだ。そういう生き物なのだ。動かない。動かないのだ。あの日の記憶は2度と動かない。世界の中で、世界はあり続ける。愛もまたあり続けるものだろうか?それとも永遠の愛などはない?離れたくないと思っても、その先には絶望しか待っていないかもしれない。私は圧がないのか?私は圧を感じないのか?私は世界を見つめないのか?私は昨日の意識の消失から復活しているのか?この今の現実は私にとって、大切なものなのか?心臓がどくどくと脈打っている。いや、違う腕の筋肉に反応して、胸の筋肉が動いているだけらしかった。それもそのはず、心臓の鼓動は基本的に自分自身でコントロールできないはずだ。不随意筋というやつだ。誰からも愛されていないはずだと思いこむ。十分愛されているさ。十分あなたのことは愛しているのだろうか?わからない。愛という言葉を並べてみても虚しいだけなのか?

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