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← トップページへ戻る 【小説、詩】

私であることの5

 怒りは消えた。どこかへ消えてしまった。私の中で障害物が消えたような感覚だ。疲れはとれているのか?人と接することはできてはいないが、デイケアの職員さんと会話したぞ。そうだ。そのためのデイケアだ。そして、相変わらずデイケアに友達はできない。それが、どうした?それが、何か問題でも?いや、寂しい。単純に寂しいだけだ。私という人間が誰からも(親をのぞいて)必要とされていないのではないか?という不安や焦り、孤独感をただ、この世界に積み増していくのみだ。猫の爪は鋭い。おそらく鋭いと感じている。だが、猫にひっかかれた飼い主を知らない。猫は飼い主にはひっかかないのだろうか?そんな猫について、いえることといえば、ねこぶちさんというキャラクターが好きで、その服をよく着ていた。だが、今では、それほど気に入らなくなっている。なぜだろうか?私の中で、何かが変質してしまったのだろう。きっとそうだ。あらゆる場面で、難しい言葉への希求が叫ばれている。しかし、0-2で負けていたあの後、アルゼンチンに3-2で勝つとは!日本男子バレーの底力を感じた。実際わたし0-2で負けた段階で、見るのをやめて、寝ることにしていた。まさか!あの後、勝つなんて!!と驚きの展開である。まさか、それほどの力が日本男子バレーに備わっていたなんて。今日は強敵ブラジル。女子バレー日本代表もブラジルに負けている。きっとブラジルも強いのではないか?といいつつ、世界の強豪ひしめくこの世界において、このような現実的なものも、また私の一側面である。私そのものである。私は私を整えていく。何度も何度も繰り返し使われるこの言葉。

「私は私を整えていく」

 彼方から遠い光がやってくる。あたかも世界の閃光のようなこの世界の可能性を見つめつつ、新しい技術的な革新を祝おうではないか?!と人々はなおも、わたしを狙っているのに??人々はなおも私を嫌っているのに?私は嫌われている私という部分。自分で自分を批判する私という部分を誰かへと依存させていく。異化するのだ。何かの拍子に(おそらく大学で)覚えたこの言葉が意味もわからずに泳ぎ続ける。代謝の中で出てくる。私はたいしゃのことをだいしゃと間違えて覚えていたのか?当時から?そして、今の今まで?それとも、だいしゃ、ともいうのだろうか?わからない問題が私を待ち構えている。わからない問題が私自身の精神をえぐりとっていく。強く鋭く、私をきらめく星々にしていくのだ。何を求めているのだ。私は外に出て時間を過ごす。外に出て刺激を受ける。あなたの世界から、あなたの世のなかを求め続けている。彼は言うだろう。「あなたはどこにもいない」その通り。私はどこにもいない。嫌われ者はこの世界に存在しないようにできている。嫌ったものが、嫌われたものを駆逐していく。すべてを洗い流していくのだ。汚いものは、洗い流されるように??私は嫌われ者であると仮定する。そうすると、私に話しかけてくる人はいなくなるだろう。そうすると私には彼女などいないはずではないのか?乗ってくるというのか?こういうのを乗ってくるというのか?書き始めたときは、たいして、感情も乗っていなかったはずが、、、だんだんと感情がのってきて、私の中に大きなものが生まれてきた。大きなほとばしりがうまれてきた。誰かが私の世界を整え始めている。そのことを何よりも感じている。昨日夕方昼寝したのは、正解だった。疲れが取れて、頭がすっきりしたものだった。今日見た本の中で、湯舟に入って、お風呂に入ると代謝が良くなり、やせるとあった。本当かもしれない。私の中で、本当かもしれないと思い始めた。私の中で、それが風呂に入る原動力になることを何よりも求めているのかもしれない。何を言っているのか?何を言いたいのか?それは謎だ。私は最近ちゃんと夜毎日お風呂に入れていなかった。それが、毎日入れるように復活するか?今日の朝入ったので、(シャワーのみだが)それでよしとするか!すべてが、私のすべてが宝玉である。私のすべてが宝物である。だから、私の文章は宝物である。失われた七つの宝玉をめぐる物語を書いてみたいものだ。誰が、その宝玉を手にいれて、どんな人生を歩んだのか?それが大事だ。その人間活劇が生み出されようとしているのかもしれない。1人の少女が宝玉を手に入れた。誰からも嫌われる性質を持つ闇の宝玉だ。それを少女は母の形見として持っている。父も、もちろん少女が宝玉を持っているので、少女のことを嫌っている。そして、学校のみんなもきっと嫌っているのだろう。純粋な嫌いという感情はどこからうまれるのだろうか?私自身を不快にさせる気持ちから生まれるのだろうか?私は真の意味で、嫌われるということを理解していない。少なくとも、形の上で、私のことを嫌っているなんて理解いていない。その少女自身ももしかすると、自分自身が嫌われていることに気づいていないかもしれない。そもそも、嫌われているという現象は個別的なものではなく、集団的なものであるのか?嫌うとはどういうことなのか?深く考えていく必要がある。

「わたしはあなたのこと嫌いです」

 このことの意味することはAがBに対して、一緒にいたくないということをいっているのだろうか?存在そのものを消し去りたいと強く願っているのだろうか?(それは殺意だろうか?)その願いが叶えられたとしたならば、人生はとても味気ないものになっているような気もする。好きなものしかなく、好きなものしか存在しない世界。例えば、私は何かを正しいと思っている。そのことに対して、それを貫くことが大事だと思っている。そうだ。そのために私は行動を起こすことにする(そう自然な流れだ)。私は私のために物語を完成させる。そのための言葉を操る。言語魔術師なのだ。うん。その言葉に私自身が酔いしれて、快感を感じている。そのことが何より大事だ。やはり、外に出て、刺激をあびないと貧困化してしまう。外に出ることだ。世界を整えることだ。私を世界の一部としてくれ!わたしの嫌われ者としての人生を、彩のある多様性として認めてはくれまいか?と聞いたところで、彼らはゆるすはずはない。彼らはいつも許さない。彼ら、彼女らは、ゆるすはずはない。この世界を壊すまで、私の世界を壊すまで、許すはずはない。もし、私の妄想から私が嫌われていることが出ているとしたならば??そのことが意味する現実は厳しい。私は私自身のことを嫌っているのだ。そんなことはないだろうと思う。だが、嫌われたらどうしようという恐怖は常に持っているのかもしれない。私は世界を整える力があるのか?私が世界を整えるとは、どういう意味か?わかっているのか?わかっていないのか?どれだけザクロがおいしかろうとも!どれだけ五条悟が強かろうとも、両面すくな、には負けた。難しい漢字をわざわざ使う必要などどこにもないだろうて、そんな文字に変換する必要もなかろうて、、、。そうだろう?今日デイケアで他の漫画本もあるのを見つけた。読破したい気持ちもあるが、詳しくはどんな話だったか、漫画を読んでみないとわからない。なかなかの品ぞろえだった気がする。呪術廻戦はすべてそろっていたようだった。現実の世界と思考の世界を行き来するものだから、どのようにも、いかようにも、決しがたいものがある。どのような形で私は何をすれば良いのか?職業訓練でも行くのがいいのか?それとも就労継続支援に行くのがいいのか?就労移行支援に行くのが良いのか?私は嫌われている身でありながら、だいそれたことをしようとしている。世界の歯車の一部として、生きようとしているのだ。なんと、だいそれたことを考える男なのだ。いや、男という性別はいらない。だいそれたことを考える人なのだ。のほうが性別が消えていいかもしれない。男が考えるのと人が考えるのは、違う問題をふくんでいるのだから。きっと、きっと。

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