人の多く集まるところに行ってきた。カフェでゆっくりしたり、読書したり、チャットしたりした。感覚としてはやはり、人混みにまぎれて過ごせる。私は1人のなんでもない1人になってしまうことが、とても新鮮に感じられた。私ではない誰かが、その場所にいた。私は私であることをやめた。私は私の属性を埋没させた。昨日カオスという作品を自分自身で読んでみて、なんか面白くないと感じてしまった。私が自分の作品にそのように思うのは、珍しいことだが、何か、私の中で変化が起きているのかもしれない。合計で7000歩近く歩いた。電車で行くとはいえ、歩けたのはよかったと思う。この調子で、活動量を増やしていきたい。来週はデイケアもまた行けるようにしていきたい。人に嫌われることなんて、なんでもないことだ、実際に嫌われたとしてもなんでもないことだ、と私は感じなければならない。強い自分を作っていかなければならない。そして、強い自分が戻ってきている気がする。繁華街に行って、多くの人がいる中で、誰も私に見向きもしない事実が、私の妄想だったのか?という思いを増幅させる。私は孤独だが、人から無関心を浴びせられているという認識を持つ。彼女が唯一の支えになっているのか?彼女の占める割合が大きくなる。まあ、そのことはいい。
便秘の薬の服用も調子良く良くお通じが出ている。外出してもうまく出ている。いい感じだ。1200円カットのお店があったので入ってみた。そんなに良くはないが、早く終わるのは良いことだ。外出時間ものばせている。10時ごろ出かけて、15時に帰ってきている。それで、疲れもあまりない。いい感じだ。人の中に私を埋没できる感じが好きだ。第2の居場所になるかもしれない。私は私の信じる道をいくだろう。私は私の心地よさの中で世界を見つめるだろう。母が父の部屋に何か言いにいっていた。こういうときは、妄想が出てきやすいが、そのことを母に言うわけにもいくまい。父に言うわけにもいくまい。2人の会話を邪魔するようなことを言うわけにはいくまい。
世界はただあるように。書店の中で私はまたも1人の人間に埋没した。人々は私とは関係のない話をしている。私は治ってきているのかもしれない。私は寛解を目指して進んでいるのかもしれない。とりあえず調子が今日は良い。そんな日はたいてい、気が大きくなっている。余計なことを言わないように注意しよう。電車で先に席に座ると、隣に座ってきた人がいた。当たり前のことだが、緊張した。何か私を全く知らないんだなと、感じた。私を知っている人なんてこの世にいないんじゃないかと思えるくらいだった。私を私であると認識できる人は少ない。特に、認識したとしても放っておいてくれる。それが良い。その感覚が良い。私は世界の主人公ではなく、世界の脇役になっている。少しずつ戻ってきている。それとともに、少しずつ自信も戻ってきている。うん。いい感じだ。夕方の薬も飲んだ。みんなでひきこもりラジオを聴く暇がない。また月曜日の夜、野球がない時に聞こうか?それとも日曜日の夜に聞こうか?日曜は全てデイゲームだろうか?わからない。
なんだか私の中でいろんなものが変わっている。私にとって何が疲れるのか?私にとって何がストレスなのかをみきわめて、その先にできることを見つけてゆこう。