朝起きたのは7時半頃。朝ごはんを食べに一階におりる。朝ごはんは餃子と大豆?もう一品あったような、、記憶があいまいだ。僕の中で急速な不安の増大にたちうちできない状態が続く。良いと思えば良い、悪いと思えば悪い、といった情報が駆け巡る。何を言っているのか?わからないものだが、わかる部分もある。つまり、僕は混乱しているっていうことだ。明日はいよいよ通院である。3週間ぶりなので、5月末以来となる。今日大谷選手が投手に復帰した二刀流の復活だ。めでたいことだ。配信で、そんな話をちらっとする。最近障碍者という言葉をよく聞く気がする。近所の橋の上で学生が言っていた。昨日も同じような場所で自転車に乗った学生が言っていた。遠くからでも、僕のことがわかるのだろうか?帽子もして、マスクもしているのに??昨日着た服も久しぶりに着て出かけたのだが、、、、。テンション上がらないまま、彼女と通話。何を話ししたか、さえあまり覚えていない。私の体調のことだったり、実際に会うときのことだったり、いろいろな話はしたように思うが、どこか忘却の彼方に行ってしまっているようでもあった。彼女には、悪いことをしてしまった。チャットサイトに行ってみたら、知り合いの人が来てくれて、僕のことを頑張っているといってくれたのは、嬉しかった。そんなこんなで、一日が過ぎていく。母が歯医者に行っている間に、歩こうと思っていたが、500歩ほどしか歩けなかった。室内でも暑すぎる。ひどく暑い夏がやってきそうな気配だ。近所の子どもたちが、私の噂をしているようだが、、?何をしようとしているのか?何ができるというのか?よくわからない。よくわからない人々だ。本当に何を考えているのか?ただ暇なんだろうなとは思う。ただ暇をもてあましているんだろうな、とは思う。実際問題、このブログを見ている人も皆無に近い。続ける意味は自分のためだけ、というのが現実のものとなろうとしている。さて、いろいろな言葉を並べてきたが、どこまで行っても、その先にあるのは、ただの池のような湖でしかないという気がしている。そこは、とても冷たく、とても心地よい。私たちは、そのあたたかさにも感銘を受けつつ静かに世界を受け入れていくだろう。詩的な問題と私的な問題が組み合わさった世界において、私の私である理由がどこまでもひとり歩きしていく。私は何をどうしてほしいのか?あたたかな人間関係がほしいのか?それは、あるかもしれない。あたたかな人間関係をつくることによって安心できるのは、あるだろう。私は何を求めているのか?それさえわかれば、何か突破口が開くかもしれない。私の中で何かが開くかもしれない。幸せな結末を求めていくにも、なだらかな終わりが近づいてくるのは、いいようのない不安でもある。病気が戦うには、それなりの力が必要だ。私は病気と闘わなければならない。病気を病気として住まわせるのではなく、病気を病気として、取り扱うのみだ。私は、私。また僕から私に戻った。これは、癖だろう。どうしようもない気がする。冗長な文章。味気もない。それでも、書く。バカにされようとも。ののしられようとも。実際に私に求めてくるものはいない。そこに私の求めもあるわけではない。失われたひとつの柱が、もう一つの柱によって打倒されようとしている。彼は、どこにいるのか?と私は聞いた。どこからともなく、声がする。「彼はもうどこにもいない。どこかに行ってしまったよ。彼はすでに消え去ってしまったよ。君もいずれこの世界から消え去るようにね。君もいずれどこかへ行ってしまうようにね」この声は、きっと私の心の声である。それでも、私は戦い続けなければならない。甘い蜜の味から離れて、辛い生存場で過ごさなければならない。何を言いたいのか、わからないだろう。それも、そのはずだ。私も混乱している。そのことは、誰よりも私自身がわかっている。電話相談の話が昨日話題にのぼった。電話相談してみるか?どんな未来が待っているだろうか?作業所での生活はどんなものだろうか?わからないものをわからないものとして、整えていく。つらい出来事もそうして、乗り越えていく。前には進んでいるんだ。前には進んでいる。そのことを繰り返し告げておく。私は前にすすんでいる。前へと向かっている。推進力につつまれている。元気に外に出て、姿を見せるとき、世界はまろやかな世界へと進んでいくだろう。これは、予言である。私から私への予言である。現実と虚構。思考と行動がごちゃ混ぜになっている。世界そのものは、奇怪な問題へと突入している。どこからともなく泣き声がする。私が捨てていったものたちの泣き声だ。速やかに整えていく。世界はそのものへと私と関係のないことを関係のないと認める言葉が必要だ。私は私と関係はあるが、人との関係は希薄である。そのものは、とても小さなものである。それが、事実である。私は、消えていく。大きな連なりの中に世界をそのものへと羽化させるのだ。天使たちの踊りは今も続いている。また、あの人たちがやってくる。私を狙ってやってくる。私は防波堤をつくり、巨大な軍隊とともに待ち構える。その巨大な軍隊とは「根拠のない自信」である。まったく根拠のない世界が、まったく根拠のない自信へと変わっていく。消え去っていくのは、常にマリリン・モンローのような偶像だ。私たちは、常にそこにある喜びを感じなければならない。すでにそこにある世界を感じなければならない。うん。そうだ。世界はそのままにある。世界は私にとって、期待のための入れものではなく、絶望のための装置のように駆動しているとしても、私はまだあなたを愛していると知っているか?私はまだあなたを慈しんでいると知っているか?静かに涙が落ちていく。静かに世界から落ちていく。深い深い穴の底へ。私は身を投じて、生き続けている。すでに父と母の意識に私はいない。消えた存在だ。それでいい。それで、、、、。私は1人で進んでいく。前へ。前へ。時に後ろへ後退しながらも、力強く前へと進んでいく。私は弱気と闘いながら、世界と闘いながら、私は妄想と闘いながら、進んでいくのである。
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