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← トップページへ戻る 日記

テニスに行ってきた昨日今日の引きこもり具合

 昨日はテニスに父と行ってきた。落ち着いたペースで急かされることもなく、テニスを2人でした。そのことに付随する妄想で、私がテニスを楽しんでるのを快く思わない人々(主に以前の職場の同僚や関係者)が、父と母になんらかの圧力をかけているというものだ。具体的には私がデイケアに行くことで、他の人に迷惑がかかる(前の職場の勢力からの嫌がらせ)とのことで、お金を300万要求されているというものだ。昨日夜にふと目が覚めて、父と母が隣の部屋で話しているのに気づいて、何を話しているのだろう?ときになって、壁に耳を当てたりして聞いてみると、私と関係のない過去の昔話だったのだが、、、、

 一体どのようにして妄想を払いのけるか?払いのけるというアプローチが正しいのか?妄想と親和するという考え方も中にはあるらしい。問題はいろいろあって家族関係だったり、人間関係だったり、それぞれの悩みが妄想という形をとって現れてるに過ぎないとも思う。されど、それがなかなか現実世界とリンクしていくので、やっかいである。ひとつのいつもと違うことを見つけては、それを妄想とリンクさせる。危険な兆候ではあると思う。少し休みながら、いくことが必要である。疲れはいつもついてくる。完全な元気な状態というのは、もはや望むべくもない。

 客観的な事実をのみ述べれば、今日は朝の6時に起きた。母も寝ていたので、オートミールを食べて、アイスコーヒーを持って上がる。どこに上がる?2階の自室に。何とはなく、孤独を感じて、配信をする。1人の人が来てくれて、話をしてくれた。1時間話に付き合ってくれた。ありがたいことだ。その後、少し眠っただろうか?眠っていなかっただろうか?少し眠った気がするが、記憶も衰えている。そこから、彼女と話をする。少し頻繁すぎるか?どうだろう?他のことをする時間もお互いに確保しつつといったところか、、。私といえば、今日父の日のプレゼントを買いに行く予定だったが、雨としんどさで、Amazonで買うことにした。なんという弱さ、自分でも呆れ果てる。なんという虚弱さ、弱さというものについて考えることが多くなってきた。弱いのは悪いことではないが、良いことでもない気がする。ダイソーでハンディファンを買った。とうもろこしのお茶も買った。ジュースよりはいくらかマシだが、飲み物を100均で買う習性は、変わらないものだなあ、となんともいえない気持ちになる。手首のサポーターもあったので、買ってみた。

 ちょうど出かけている時には、雨は止んでいた。たまたまだと思うがラッキーだった。その後、雨は再び降り始めた。

 野球への興味が以前に比べて薄くなってきている。楽しめる時間が減ってきたようなのは、残念なところ。今日はお風呂は入らないだろう。ハンディファンがないと暑く感じる。なんの話をしていたか?

 何か大事な部分が抜け落ちているような気がする。私が失敗したことを、よく生きることに失敗したことを、母は許すだろう。だが、すべてのひとが許すわけではない。だから、妄想は消えないだろう。妄想と上手く付き合っていく方法を考えるべきか?妄想を事実として受け止める強い力が必要かもしれない。

なぜかはわからないが、何かが起こっているという感覚はなくならない。私の知らないところで何かが起こっているという感覚は消え去らない。目に見たこと、実際に確実に聞いたこと以外信じないことが大事だ。信じたとして、その切迫感窒息感にやられてしまう。それは危険だ、と思う。ほどよく整える。丁寧に整える。

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