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← トップページへ戻る 日記

家族とのテニス

 両親とまたテニスに行かせてもらった。また1時間半ほど休みながら、テニスをした。書く意欲が湧いてこない。どうしたことだ。知らず知らずのうちに何かが、変わっているのか?ただ、単に疲れているのか?何か気持ちがふさぎこむような瞬間がある。ずっとではない。ずっとではないのだが、誰にだって、そういう瞬間はあって、誰にでも感じることなのかもしれない。私は私の感じることしか感じることはできない。それがすべてだ。だから、私は感じていることを過小評価しないように。だが、かつてのようには戻れないのは、確かだ。私の中を恨みや憎しみがかけめぐっていく。そうではない世界などどこにもないような気さえする。とりあえず私は私の心情を書いていく。そのための日記だ。彼女が大阪に来るのは大変そうだ。日々相談を受けているが、一歩ずつ着実に進んでいるといったところか、彼女にそこまでの負担をかけることに対する情けなさもある。私が何かできることはあったら、してあげたいが、今日も調べて欲しいと頼まれたが、大して役に立たなかった。これは厳しい。私の中で、モノを調べる能力も落ちている気がする。手首が痛む。バンテリンを塗りますか。整形外科に行くか?行かないか?悩ましいところ。このような駄文失礼しますよ。これが私の流儀ですか?それでいいんですか?自問自答しているのなら、自分で答えを出せるか、というとそういうわけではない。母と父に感謝している。こんな私の面倒を見てくれている。それでも、いずれは離れなければならない。それが自分になるか、いかになるか。何を言っているのか?わからない?その通りだ。混乱している。大きな混乱の中にいる。私は混沌の中にいる。混沌の覇王よ、私を導きたまえ。世界よ、ひとつの物語を完結させるために、あなたの世界を感じさせてくれ。自分自身と世界とのリンクを復活させてくれ。私たちは立ち止まる。世界からの孤独を今一度復活させようというのか?何者も世界へと至るのだ。この世の中の大きな流れが、私たちを世界へと至る。静まっていく。新しい夜が静けさを取り戻していく。夢へと駆け上がる。祈りへと駆け上がる。野球を見るのが、なんだか楽しめなくなってきたような気がする。このことは大きい。私は野球中継を見ることで、今の自分を保っている面も大きいからだ。野球中継が楽しめなくなったら、何を糧に生きていくべきか?楽しめることなんてなくてもいいのだろうが、私は楽しめることを求めてしまう。どうしたらいいのか?どう生きればいいのか?どう接すればいいのか?何も言葉に残るものはない。何も私に残るものはない。消えていく疲れの中の光。あるいは、私たちのみそぎたち。どのような形であれ、物語は続いていく。全てはここから始まっていく。どこのものか!あなたは、どこのものか?展開していく。私は私の世界を展開していく。疲れているのか?私は疲れているのか?世界からひとつの始まりを答えようとしているのか?どこまでいっても暗い海の底が見えるだけだ。世界は整っていく。誰よりも苦しみに満ちた世界が整っていく。人々の中にある終わりと始まりをあなたは決して許しはしないだろう。

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