デイケアの入所日が決まった。朝8時ごろに起きて、母のおにぎりを食べる。はんぺんのようなものも食べる。コーヒーを食卓で飲んで、2階に水筒を持って上がる。チェックしたが、メジャーリーグで日本人選手が出ているものはなかった。朝彼女とチャットと通話。昨日彼女と一緒にいる夢を見たことを話すと喜んでいた。そういうものだろうか?彼女といく予定の場所で、2人でお茶をしている夢だったような気がする。とても、あいまいで、おぼろげな夢だったので、よくわからない。なぜか無性にむしゃくしゃしてイライラしてしまう。いてもたってもいられずに、散歩に出る。散歩ではいつものコースで、あとは人がいないほういない方向に歩いていく方法をとった。堤防に出て、風がやや肌寒く感じたような気もする。Tシャツ1枚では少し寒かったか?と考えたが、今さらどうしようもない。トイレが近いのも、不安だったが近くの公園にトイレがあるのはわかっていた。午前中の時間帯なので、子供達もいないだろうし、問題ないだろうと思った。結局尿意はなく、トイレに行くこともなかった。そのまま家のほうへ、少し遠回りしながら、歩いて行った。今日は歩数が少なく2000歩もいっていないだろうが、テニスもするので、そこまで頑張る必要ないと感じた。1日に2回散歩に行くようなイメージだ。雨予報だったが、テニスはできそうな天気。新聞の雨予報はなんだったのだろう?今日はいよいよ金曜日。華の金曜日だ。働いていれば、休みの前でウキウキなのかもしれないが、あいにくと働いていないので、いろいろ問題はあるにせよ、関係があまりない暮らしをしているのだから、あまり気にしないでいる。今日は午後からテニスである。何をして生きていくか?というのは、私のテーマでもある。いつか障害年金も切れるだろうし、いつか両親もいなくなるのは確実だ。あせらず、無理せずと両親は言ってくれるが、どうしてもあせってしまう。今の私に本当にデイケアが必要なのか?というのは、正直疑問の残るところではある。それでも、先生は診療情報提供書を書いてくれたので、オッケーはしてくれているのだろう。病気が治らないことを先生のせいにしようという根性がいけないと思いつつも、そんなことばっかり考えてしまう。今は今の薬でようやく安定してきている。薬を減らすのは難しいようだが、できることを一歩一歩やっていこうと思う。父と母が指令を受けて、僕を太らせようとしているということは、大いにありうることかもしれないが、同時にとても馬鹿げた考えのような気もする。私は私を信じた結果。私は私の妄想に支配されることになった。そんな自分自身をどれだけ信じられるのか?というと、まさにとても難しいことだと感じざるをえない。自分自身を信じるとその妄想まで信じてしまうようで、悲しくなってくる。自分自身の悩めるところから、自分自身の行けるところまで行くしかないのは、わかっている。だが、それを可能にするだけの気力も体力もないのが正直なところだ。自分自身を弱いと思いますか?と問われれば、間違いなく弱い人間だと答えるだろう。だが、それは精神の病をわずらって、人が怖くなったからなのだろうか?私はなぜ自分を弱いと思っているのかわからないが、社会的な立場で見た時私の立場は、とても危ういものであるように思う。自分自身の力は、とても小さい。支援者の手を借りなければ、色々なことができないという私。かつての自信にあふれた私はどこへ行ったのだ?思い出せ!あの日の輝きを!自分自身にとって大切なものは、大切なものとして認識することが大事だ。
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