苦しみがあるといえばある。なだらかな丘の上から滑っていくソリ。僕は1人で世界を作る作業に勤しんでいる。それが気に入ってるんだ。そのことをやることを気に入っているんだ。でも、その中でひとつの可能性を見出すような形が望ましい。私は私を愛していると感じる。私は私を望んでいる。私は私の言葉を望んでいる。私は静かな夜を迎えながら、静かな眠りに入っていく。ああ!うるわしい!あまりにもうるわしい姿がそこにはある。言葉によって人間の意識は形作られているというならば、私は愛しいこの身を、言葉の浴につけていこうと思う。どこまでも、落ち着きのあるこの世界を誰よりも望んでいるというのに?世界にはいろいろな要素があり、私にはいろんな私が存在している。うれしいことだ。私はもう病人だけの私ではない。病気に支配されるだけの私ではない。少なくともこの世界は私を迎え入れてくれている。しずやかな身の果てに、なるべく小さな心が入っていることだろう。ああ、うるわしい。なんとこの身はうるわしいことか?全ての試みがしめやかな愛に包まれている。私は動いてもいいんだ。私は世界から世界へと進んでも良いんだ。世界の果てに何か愛しいものがあるはずだ。私は私を受け入れてくれるあなたに永遠を捧げよう。私は私を許してくれるあなたに永遠のゆるしを与えよう。二つの言葉が無惨に朽ち果てていく未来はまだない。愛おしいこの心も、愛おしいこの愛も、すべてひとつの残骸からの復活を意味するのだろう。私はひとつの世界へと至っていく。誰よりも虚しいひとつの世界として、私は私の中にあるむくろを身にあび続ける。愛おしい君よ。どこへ行ったのだ。今君はどこか私の知らない世界で、懸命に戦っているのだろう。ゆるやかな風が吹いている。私の中にいちじんの風が吹き抜けていく。世界は今暑さから快適さへと逃れようとしている。私の鼻の穴の中から、異物が外へと出て行っている。そのような抽象的な表現を好むのだろう。きっと読んでいる人には何のことかわからないのだろう。私はとても喜びを持っている。とても大きな力が働いている。とても大きな夜の街が私のために用意されている。世界は静まっている。美しい空は彼方から私を見つめている。空が私を世界へと誘っていく。いい言葉だな、と感じる。そう。私は世界へと誘われている。いざなわれているのだ。何も変換の必要などない。何も変える必要はない。世界が世界のままそこにある。今更ながらに進もうという私の中に1人の子供がいるのだろう。とても大きな空が広がって見えている。私はあなたに伝えよう。空はこんなにもきれいなんだと。私はあなたに伝えよう愛しいのは、あなたがあなたでいるから。存在そのものを愛することが私にできるだろうか?と自問自答する。答えはまだ出ていない。私に答えを出させてくれるのは、あなたを置いて他にはいない。月が美しく輝く空で、私は1人で生きていく。幻影に怯えた日々はもう遠ざかってしまった。いつまでもいつまでも君を思うのだ。私は私を愛するために、ひとつの形を作ろうと試みた。今、私は空を見つめている。何もない空。色のない空。だからこそ、美しい空。よくある悲しみはよくある喜びにとって変わろうとしている。私はあたたかな陽射しの中で、1人生きることを続けている。それが何か?それが何だというのだ?私は強い言葉を使っているか?弱さは優しさであるか?あなたが私に求めるものは、私にはないものだ。