これからについて語ろう。皆時間がかかっている。10年かかった人もいるくらいだ。僕はどのくらいかかるだろうか?自分の力を過信しないことだ。僕にできることはとてつもなく少ない。ただ、薬の補助的に、リハビリをデイケアに通うことで行うことになる。昨日の夜だっだろうか?一昨日の夜だっただろうか?ロキソニンを飲んで歯の痛みは無くなった。その後、歯の痛みは現れていない。一過性のものだったのか?今日は夕方の17時ごろから散歩に行こうと思う。ちょうどデーゲームが終わる頃だ。散歩をすれば体調が良くなると信じられる日は、体調が良くなった気がしたことを思い出した。
不安は常にある。常にあるというのは、デイケアのことを考える時に不安というものば出てくる。それは、感情的な不安ではなく、冷静な不安感といったものだ。
彼女が大阪に来る準備が着々と進みつつある。以前のような恐れはない。彼女は来てくれるならば、ありがたい。これからの人生について話し合わなければならないだろう。書いていると、なんだか不安感が出てくるのはなぜだろう。彼女が大阪に来ることに何か不安があるのか?彼女が大阪に住むことになんの支障があるだろうか?彼女は強く、僕は弱い。それだからこそ、弱い僕のもとへ強い彼女がやってきた。
相変わらず僕のことを高く評価してくれているようだ。彼女の僕に対する愛は冷めないのだろうか?と考える。僕はそれほどに価値がある男ではないのに?なぜか、彼女は僕を好きだという確信はある。
テニスについてどうするか?中途半端な状態が続いている。続けるのか、続けないのか?他人とテニスをすることに耐えられるのか?僕の中で悩みは尽きない。テニスオフネットだったら、できるのか?シングルスならできるのか?レベルの下のオフに参加する必要が出てくる。5月30日にテニスすることは決まっている。雨が降らなければ、また家族3人でテニスをする。僕が頼んだから、両親はやってくれている。両親じゃなくても、母だけ、父だけでもいいのだが、その点理解の共有はうまく進んでいないのかもしれない。
配信を行う。ふわっちというサイトで配信をしている。ラジオ配信だ。彼女もきてくれて場を盛り上げてくれる。そのほかにも同じ病気の人が何人か来てくれている。これから先どのような結末になるのかわからないが、続けていこうと思う。配信をやっていて、うれしいのは、優しい声をかけてくれる方がいること。デイケア決して無理してしゃべることないですよ、と言ってくれて救われた気分になる。気分というより気持ちですね。僕自身しゃべることが苦手なので、とても救われた気持ちになった。