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なにか不安定な波

 不安定な波がやってくる。私の心に到達してくる。疲れか?それとも?いろんな要素が絡んでいるのかもしれない。昨日のドジャースの山本投手のピッチング(打たれた)。家族3人でやるはずだったテニスの中止。この二つの要素から疲れがでてしまったのか?気持ちが落ちこんでしまったのか?よくない不安定状態です。彼女にも心配をかけている様子。コーヒーがあまりおいしく感じなくなってしまった。なぜか?なぜだろう?なぜかはわからない。私の体は宇宙の神秘のように謎だらけです。どうなりますか?昨日私はライブ配信サイトで、ラジオ配信をした。午前中だったのだが、コメントしてくれる人がいて、楽しんでしゃべることができた。うれしい限りである。そのことがあって、気分が上がったり、下がったり(山本由伸のピッチング、テニスの中止)、気持ちの波が乱高下を繰り返しながら、だんだんと落ち着いていくものかもしれない。少なくとも、気持ちに上下が出てきたのは、陰性症状の感情鈍麻や感情の平板化が治りかけている証かもしれないし、プラスにとらえたほうがいいのかもしれないと思い始めた。彼女とは今日もビデオ通話。疲れがあるため10分くらいで終わったが、疲れもありつつ、こうやってブログを書くパワーも出てきているのは、嬉しいことだ。不安定な波はありつつも、書くことによって前向きに進むことができる。そうなのか?そうなのか?私を知っているのは、誰よりも私であるらしく。何を言っているんだ?私は何を言っているんだろうか?

 私は私であるが、私でしかない。何か物語をつくろうとしているのだが、私は私を超えることができない。私は私のスタイルを作り上げるだけである。私は私流の物語をつくりあげようとしている。その手始めが、この日記なのか?日記なのか?見れたものは、すべてここにある。見れたものは、ここにはない。失われた興味と失われた私自身への興味。私自身を掘っていく。深く深く掘っていくのだ。精神はすでに地上を離れた。私たちの尖塔は、遠くにぼんやりと存在している。地上の上に立ち上がるのは肉体のみか?さあ、その力を私だけに与えてくれ。私を私へと生かせてくれるものを私に、、、、、。いや、そこまでだ。そこまでだ。そこ とはどこだ?と私は声に出す。そこはどこにもない空虚な空白なのだ。誰にも認識されない「そこ」という涙。私はそこまでは、自分から静められていく。自分のものを起動している物語が、ありうるのか?興味の中に狂気がひそむ。私たちの物語が、すでに沈められている。

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