良いお通じがあった。朝からテンションが上がる。母親が協力してくれて、ごぼう茶、プルーン、デーツなどを買ってきてくれている。そのせいもあってか、3日に1度は出るようになっている。今日は通院の日だ。午前中の通院予約をとっていたので、まもなく出発するところだ。妄想や幻聴はほぼほぼなくなり、(いや、妄想に関しては決して完全に消失してしまったわけではないか・・・)現実的に妄想を書くことにより、客観的な視点によって「私はなんて馬鹿なことを言ってるんだ」とは、なかなかならないのが、難しいところだ。意識にのぼるような行為(書く行為もふくめて)をすることで、妄想が強化されているんじゃないか?という説も私の中では出てきている。しかし、書く行為によって、緩和されている部分も確かにあるように思う。
以上5月7日昼前
通院行ってきた。精神科医との対話。要点をまとめる。いや、まとまらない。
まとめようとする。
まとまらない。
自分が妄想の内容を人に話すのは、すっきりするならば、別にやってもいいらしい。主に彼女に話すことや、書くことが多い。同じ作業を続けるのか?なぜか、この言葉を書かずにはいられない今。
自分の状態を客観的にみられる。妄想だとわかっている、妄想かもしれないと思っているということは大事なことだ、と先生に言われた。少しうれしかった。私自身の取り組みが、形になっている可能性について。私自身の取り組みについて、、、それは何だ?そんな取り組みがあったのか?私は忘却している。何も考えていない。そして、何も答えていない。始まりのない終わりの中で、すべては許されざる運命を背負っている。
メジャーリーグで山本由伸が打たれた。そんな日もあるさ。援護してあげてください~と思いつつ、多少ショックを受けている自分がいる。いつもいつも打たれないわけじゃないさ。そんなことわかっている。うまくまとめることはできているのか?上からの視線である。私は上からの視線にみなぎっている。ダメだな。
今日テニスの予定だったが、雨で中止になった。父母はあまり私とのテニスに積極的でないかもしれないと思い始めた。そこから感じる違和感の正体とは?何か陰謀論めいたものを生み出すのか?
昨日の夜から不安定な気持ちになっている。自分で不安定と自覚できるのは、良い事だと、彼女も言った。なにか得体のしれない恐怖や不安が私を包みこむ。生きていること自体の虚しさを感じることもある。私は復活するのだろうか?私は復活しないのだろうか?生きることは誠につらくあります。今日は野球がある。(日本のプロ野球)それだけが救いである。それだけが楽しみである。