まず基本的な特性
私が持っている基本的な特性。社会的な規範から逸脱した行動をとる傾向がある。(挨拶をしない、甥っ子や姪っ子を可愛がらない、人とコミニケーションをとろうとしない)このため、基本的には人とのコミュニケーションに問題を抱えている。それは兄弟であっても例外ではない。兄や弟と血のつながりはあるのだが、ほとんど自分からしゃべりかけることはない。ましてや弟や兄の奥さんとはしゃべらない。そんなものかもしれない。人生や家族関係なんて、そんなものかもしれないが、、、。思えば、人と話をするのをあまり好まない。ましてや、この病気になってから、人とのコミュニケーションがとれない自閉傾向が強くなっている。
なぜ兄家族が来ると調子を崩すのか?
ひとつは、予測不能なことへの恐れ。兄家族に嫌われているという思いこみ(事実かもしれないが)。自己批判の想念が出てくる。自分はもっと~すべきだ、といった自己批判する意識が出てくるのが問題だ。その自分で自分を苦しめることによって、自分自身に精神的な負荷をかけている。自分で自分の首をしめているといったところだ。そして、兄家族の一挙手一投足に常に注意、関心を向けて、何か自分を嫌いな原因を探そうと試みている。この認知のゆがみ自体が、自分の中にある限り、私自身の心は休まるところを知らないだろう。
では、なぜ人に好かれようとしないのか?
なぜ人に好かれるような行動をとらないのか?それは、私の中でも、一つの大きな疑問である。ひとつのあきらめとして、人に好かれようとしても、好かれないのではないか?ということだ。そして、私が私のイメージとして、人に好かれるイメージを想像できない。私は人に嫌われる人生を歩んできたというルーツがある気がする。そんな中でも、今朝思い出したのが、中学校時代友達らしき人はいたなあ、という思い。ただ、その友達も私の思いやりのない態度で失ってしまったのだろう。今となっては、もはや過去のことであり、取り返しのつかないことだし、人生において、ずーっと友達が変わらないなんてことも、まあ珍しいのかもしれない。いろんな人がいるので、いろんな私もまた存在している。