孤独感といったらいいのか?この気持ちをなんと表現すればいいのか、判断、感覚に困るところだ。私は今ジアゼパムを飲んでいるにも関わらず、気持ちの乱れがある。むなしいような、感覚だ。何か不安が大きな位置を心の中でしめているような、、、。どうしたことだろう?昨日の夜もあり、たまにある気持ちの感覚だ。昨日デイケアに見学に行ったことが関係しているのか?探ろうと思っても、なかなか、よくわからない。人の心理というのは複雑だ。彼女に引っ張られて、私も気持ちが不安定になっているのか?彼女と朝チャットで話しをして、落ち着いたようなのだが、私の中では、むなしい気持ちが出てきた。一体この気持ちは日没とともに、出てくるはずのものが、お昼前にも出てくるのは、とても珍しい現象だ。他の要因としては、母のこと。母に仙台行きを反対されたことが、自分の中で、ひっかかりを持っているらしい。確かに私も無茶だと思ったが、その部分は納得していたはずだったが、なんだかもやもやして、納得いかない気持ちもある。また彼女とのことをもっと母と話しあうべきか?書いていると、少し気持ちがやわらいできた。書くことで気持ちが落ち着くのかもしれない。それとも、他の理由だろうか?ずっとこのむなしさに悩まされているのだが、何かこういう気持ちになったときに、改善できることはあるだろうか?つまり、具体的に行動として、できることはあるだろうか?ひとつ目としては、何かやるべきことを集中してやって、それで気を紛らわす、だったり、してみるべきかもしれない。そのひとつの案として、文章を書くことだったりする。
最近文章をAIで作っているが、何も変わらない気がする。私は私の作品を発表しているといえないのかもしれない。あるいは、AIを使ったうえで、出すのも一つの手だとは思うが、どうも物語の純正を損なうような気がして、ならないのは、私が古い人間だから、だろうか?両親がテニスから帰ってきた。少しずつむなしさや孤独感も薄れてきた。私という人間の暗部について、人々から見た暗さについて、ただなんとなく考える。そう、ただ、なんとなく考えているだけだ。そういうむなしさが、どこまでも続いているような気がする。感情が動くからこそ、書けるんだという思いもある。だんだんと同じ病気の配信者のことが嫌いになってきた。きっと彼女とのことを「ごっこ」と言われたからだろう。それにしても、その人は女の人と付き合ったことがないらしいし、ある意味遠距離恋愛ネットで知り合った恋愛をごっこという人もいるだろうことは、承知のうえで、生きていかなければ、とてもやりきれない。
彼女は今回の件で怒りこそしないが、とても悲しい気持ちになって、いろんな人に相談をしたらしい。彼女は自分の中にそういう気持ちをとどめておくのが、とても難しい人らしい。もちろん私だってそうだ。つらい気持ちやしんどい気持ちになれば、今まで彼女に吐き出したり、他のチャットアプリの人に一時的に吐き出したりしていた。その気もちが今はあまりないからといって、(ないといえるのか?ブログで解消されているのか?)彼女の苦しみを理解しないような態度をとるのも違うと思う。母に相談して、彼女のことは縁だから、とても良いと思うけど、あせらずにお互い地元で良い出会いがあるかもしれないから、とのこと。母の気持ちは今ひとつわからないが、私の中で人に相談したりする習慣ができたことは、良いことだなとは思う。母にせよ(昔は誰にも相談せずに一人で決めていた)。