Sは誰よりも静けさを求めている。だが、彼の脇にはバランジューという猫がいた。青いその猫は苦しみの象徴のように思われた。あの鬼はかつてSが触れた鬼のような人間の象徴だったのではないか?みなの心はどこにも行かないと知っているから、Sはここにとどまることができる。
「どこへいくつもりだい?」
バランジューは前足を舐めながら聞く。
「そうだな。ここではないどこかへ」
「ははは。そんな場所があるとでも?この地獄に?」
「君の意見は君の意見だ。わたしの意見ではない。私は信じている。私の可能性を」
バランジューは笑った。にゃあにゃあと聞こえたような気もした。
「その可能性とやらが、どんな姿を君に見せてきたか、知っているだろうに?君は本当にわからずやだな」
「バランジュー。君に私がいうべきことは何もない。誰も君を知らないだろうしね」
「私を皆が知らないだって?面白いことを言うじゃないか?この世界にあるすべての存在を屈服させたこのバランジューを知らないだって?なんという面白い冗談だ」
「君はもう鬼には戻れない。僕はそれを知っている。君は青い猫になった時から、大事なものを捨てたんだ」
知っているとも、失われたものはたくさんあったさ。静かに私を嫌うものたちが、集まっている。祈りを捧げているようだ。
誰かがコップで水を飲んでいる。そして、そのままコップは私に語りかける。
「お前の姿はどこまで行っても見えているぞ。わたしはお前に恨みを持つコップだ。わたしはお前を追跡する。お前の背中を追いかける。どこまで行っても、それは止むことがない」
まどろみのなかで、そんな夢を見た気がする。失われたいくつかの顔がわたしの中から出てくる。