決められた手順で決められたことをやるのは、私の性質状難しいと感じる。とすると、会社で働いたり、組織で働く際には人々との協力が必要になるので、やはり難しくなる。私の性質状、生きていくためには、ものを書くしかない気がしている。そのためにどれほどの力を出せるか?どれほどの?いや、むなしい。ただ、自分には書くしかなくても、その書くことをしないのは、なぜか?
自分のできること。自分のやるべきこと。今日はサボりの日だったような気がする。高校野球を見たり、プロ野球のオープン戦を見たりして、楽しめてはいるのかもしれない。それで、薬のおかげもあって、だいぶ調子も良いようだ。だるさはあるが、野球を見れるのは、見れる。今日はメジャーリーグの野球を見るかどうか?見たらどうなるか?見たいのは見たい。録画はしたい。どうやればいいかな?母に教えてもらえばいいかな?全てがめんどくさくて、やる気が出ない。
彼女とのチャットでは調子の良いこと、勢いの良いことを言ってしまう。これから、先の未来のためには、働くことが必須になってくることに、とても拒否感や恐怖感を感じる。求人票見るだけで、とても自分には無理だ、としんどくなってしまう。このような弱い自分を情けないと思いつつも、それでも、働くなら死ぬほうがマシとさえ、思っている気もする。
自分の文章を否定しないでください。私は私にお願いする。私の文章、小説をくだらないものと思わないでください。私の文章や小説は素晴らしく、たまたま、読んでいる人が少ないだけだ、と信じる力。現実をねじ曲げるような力。現実を把握しない力。現実を幻想と一致させる力。