私は自らに問いをぶつけてみる。
私の妄想はどこからやってきているのか?
それは、わりあいはっきりしている。
私の罪悪感から来ている。
その一方で、またやはり妄想が事実である可能性について、私は今も信じている。
妄想を否定する材料がないような気がしている。
ピンポンの音(玄関のドアホン)が常に聞こえてくる。
母は活発に外に出ている。
活発に、というか、なんというか、、母にとってはそれが普通なのだろうが、、、、。
妄想がもし事実であったら、私はどうすべきか?というところをはっきりさせておけば、何の問題もなくなる。
少なくともリスペリドン6ミリとっていることによって、妄想はどこか遠くへ行ってしまった気がする。
だからこそ、前へ進むんだ。前へ歩くんだ。
前とはどこだ?私の指し示す前とはどこなのだろう?と私は考える。それは未来であることは間違いない。しかし、その未来はどんな未来なのか、私には、想像もつかない。
自分が嫌われていたり、常識がないことについて、改善しようとする力はないのかもしれない。
私は少なくとも、その前へ進む力がなくなっている。
というか、私自身、私が人に好かれることをあきらめているような気がする。
人に好かれることが必ずしもいいわけではあるまいが、、、。
土曜日に当事者会の集まりに行くか、どうか迷っている。
直前でキャンセルするかもしれない。
無理に物事を進めようとしたり、頑張ろうとしたりすること自体が、間違いなのかもしれない。
頑張ることをやめたい。
今の気持ちは一番にあるのは、頑張りたくないという頑張ることに対する否定的な感覚だ。
ただ、その中で日記は続けている。
このことは、ひとつ誇れることかもしれない。
そのことについては留意すべき問題だ。
改行がなく、読みにくい。
ならば、いっそ、すべてに改行を入れるのもいいかもしれない。
最近タイプミスが多い。
めちゃくちゃタイプミスが多くなってきている。
そのことが、とても問題に感じる。