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3月12日(水)私は私を肯定する

 私は私を肯定する。そのためのひとつの始まりは、私にとっての弱さそのものなのだろう。頑張ることなく、ただ、生きていく、ただ自然に生きていく。私しか私を肯定する人はいないだろう。私を私のかなりの部分を知って、それでも、私自身を受け入れてくれるのは、やはり私しかいない。

 昨日の夜はロッチのラジオをまたまた聞きながら、眠りに入る。筋肉痛はまだまだある。割とすんなり眠りに入ることができた。朝起きたのは9時過ぎだ。私は他に何を書いていただろうか?きっと、その日思ったことなどを書いていたのだろう。だが、最近は何も思わずに生きているのだろうか?もともと、無理やり話題をひねり出しているようなところもあった。最近ゲームをしたいと思うが、なかなか面白そうなゲームがない。プレイステーション4でドラクエをやろうとしても、面白くない。どうしてしまったのだろう。何かが面白いという感覚がほとんどわいてこない。それは、とても悲しく問題のあることだろう。テニス仲間からテニスに誘われたが、今の状態の私では、迷惑かけるだけだ。それと、やはり人に会うのは怖い。今週の土曜日の当事者会の集まりには、今のところ行くつもりだが、どういうことをするのかいまいちわからないので、不安である。キャンセルしようかとも思うが、どうしようか迷っている。

 現在と過去と未来。現在ばかり書こうとするから苦しくなるのかな?過去のこと。書いていくべきか?少なくとも過去は色々あった。だから、いろいろ書ける。私の過去についての記憶(事実かどうかではなく、記憶の領域)、については書くことができる。思い出すのは、Nという派遣会社で自動車工場で働いた記憶。1ヶ月くらいしか続かなかったのかな?結局、私という人間は仕事を続けることが難しい人間らしい。そんな人間がどうやって生きていくか?ということではある。だが、介護の仕事は3年くらいは続いたし、全く何も続かないというわけではないらしい。問題はいつ辞めても迷惑がかからないように働くことだ。そのための、生き方を模索していくことだ。

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