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2月24日(月)死への憧憬

 死への憧憬が、私の中にある。生きることの喜びみたいなものが、失われているかもしれない。どうしたことだ。いったい私に何が起こっているのか?強くあらねば、強くいなければ、という思いと裏腹に、弱さをさらけ出すことに慣れきってしまっている。文章のうまさってなんだろうな。最近はよく考える。流れ的なものか?流れの中にある真実味か?書くことを仕事にする。書くことを仕事にする。うん。私は必ず書くことを仕事にしたい。その欲望が生まれている。それにもかかわらず、死への憧憬がやまない。なぜ、生きることを、やめようというのか??謎のままだ。私は生きたいのか?それとも??謎のまま進んでいく。意識の中で貧困が進んでいる。意識の中で終わりが進行している。誰よりも知っている。私の中の始まりと終わりが知っている。誰よりもまとまりのない世界。混乱している世界。

 昨日の夜は、後ろ向きな発言が多くなってしまい、どうなっていくのか?という不安もありつつ、生きていく。明るい小説。明るい人生。明るい生き方。

 とにかく世界があるように、、。私の生き方。ことばの繊細さ。好きな問題。好きでない問題。人に嫌われる人生。誰よりもファンタジーな人間生活。誰からも愛される生活。そんな悲しみをふくんだ私の物語。今も、感じている。あの人々の憎しみを、怒りを。今も感じている。憎しみの中にあるひとつの答え。あれから2年がたとうとしている。まだ回復に注力する。まだまだ回復の時だ。まだまだ回復の時代だ。まだまだ生きるだけで精一杯なんだ。

 自分に甘くなろう。自分の行く末をただ待つだけだ。ただ、受動的に世界を待つだけ。ただ受動的に生きていく世界。私たちの中にあるひとつの可能性はどこい行ってもどこにもない。そんなもののよう、、、。可能性のあるものたち。静かな夜を求めたものたち。決して相いれないものたち。世界のためらいの終わりの静かさ。電動の人間たち。伝道のための夜。静かな教典の祈り。

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