開けた大地にやってきた。巨大な生命があたりの空気を穏やかにしずめてゆく。アスファルトの上に足を置いて進んでゆく。いい形だ。私は大地のくぼみを見て、思う。たたかれたような音がする。バチンバチン。どこからか、音がする。聞こえてくる先は、暗闇の中。どこまで行っても深い海がそこにはあるだけだ。私は、なだらかな空の裂け目から、4つ目の花を取り出そうと願っている。その願いは、むなしく過ぎ去っていこうとしている。夜が来ると、流れ星が落ちてくる。私はその星に願いをかける「花よ。もうひとつの花よ。見つかってくれ」と。
落ちたのは路上だった。Sは車から転げ落ちた。半ば自分から転げ落ちたのだ。後ろの車は止まり、ひかれなかった。親にかまってほしくて、ハンドアにするという危険な行為の結果。ふとした拍子にドアはあいて、Sは転がり落ちた。泣いていた。Sは悲しさに泣いていた。親にかまってもらえなかった悲しさからだろうか?それとも、落ちた恐怖から来る悲しさだったのだろうか?Sは立ち上がり、親のいる車のほうに駆けていったのだ。自らのやったことをまったく反省することもなく、ただ親を困らせるためだけにSは帰ってきた。そして、今に至る。Sは今親のいる家に帰って、1人安穏と暮らしている。親の資源、親の思いやりをひとりむさぼりくっている獣のようだ。そこまでいって、Sは真人間になることもない。眼鏡の奥で、Sの冷たい目が光っている。Sはとても人に対して、思いやりを持てる人間ではなかった。そのことが、Sの人生では重要だった。Sは誰からも嫌われるという才能に恵まれていた。Sは誰からも、好かれないという究極の奥義を会得していたのだ。その結果、Sは親という血のつながりによる守護だけで、生きながらえている。もはやSに親以外に頼るべき人はいない。もはや、Sは都合が悪くなると、途端に体調が悪くなる怪物なのだ。弱さという剣をふりあげた1人の攻撃者なのだ。
そして、Sの目から涙がこぼれた。その涙は、やがて水のたまりをつくり、そこに花が生えてきた。黒い花だ。真っ黒な花だ。Sの心の黒さを象徴するような花だ。どこまでいっても、Sは死なない、その代わりに花が生えてきた。その代わりに命が芽吹いてきた。
黒い花をとると私はSに別れを告げて1人道を進む。その道の脇には、Sに苦しめられた被害者たちの姿があった。やがて、親もこの被害者たちの脇に同じように並ぶことになるのだろう。私は1人足を踏み出す。そして、ひとり地獄の門の前に立つ。そこには「地獄に入るもの、その罪を知らず」と書いてあった。私は地獄に行かなければならない。私はSの魂を静めるため、Sの人生を追いかけるために、Sが生きながら落ちた地獄に進まなければならない。そうして、私の黒い花は赤い花と融合して、血のどす黒い色に変わった。
太い男の声が聞こえてきた。「行くがいい。だが、その先の世界にSはいるのか、わからないぞ。そして、ゆめゆめSを救おうなどと思わないことだ。お前自身が消え去ってしまう。お前自身が地獄にからめとられてしまうのだから」私は男の声を背に、ひとり門を手であけ入っていく。この先に待つのは地獄だ。それは知っている。この先に待つのは、地獄だ。それは私はよく知っている。だが、Sを追いかけていく。Sという魂を追いかけていく。どこにいったのだ??そうして、血の色になった花は私の心の臓に入り、私の血液となった。私が、生きていくうえでのエネルギーとなった。そして、地獄へと入っていく。私は地獄へと入っていく。