Sは今日も跳ねている。彼の中で動きそのものが、すでにひとつの儀式となっている。Sは手をゆっくりと動かしている。すでに、何度も繰り返した動きが、熟練されたものを感じさせる。Sの手のひらにはコブがある。小さなものだが、痛みはあるのだろうか?Sはゆっくりと水の中を泳ぐ。静かに楽しむように。Sは思う。なぜこの世界はあるのか?と。思うと同時に世界はどこまでも閉じて限定されたものになっていく。食事をしていると、邪魔をされる日もある。Sは体いっぱい使って怒りを表現する。おはしも投げるし、エプロンだって投げ捨てる。つかんでは、離れていく。何かをつかんだと思っては、すぐに離れていく気持ちが、どこまでいっても空白の大地を思わせる。「大丈夫?」優しいあなたはSに声をかける。Sはにこやかにあなたに微笑む。微笑みの中に、ひとひらの花がふくまれているような気がした。そのにこやかさには、どこか人を安心させるものがあった。そして、愛情深い静けさが後には残った。おはしで、口に大好きな卵焼きをゆっくり運んでいく。優しいあなたは、遠くに行ってしまった。鬼のような形相の人々が帰ってきた。Sはぼんやりと世界を眺める。その世界はどこかしら居心地の良いものだった気がした。ああ、あの人は帰ってこないのだな、と感じる。2度と帰ってこないのだ。苦しみめいた怒りの先に尊厳のある大河が流れ始めている。うるわしい空の中で、今日1番の笑顔が弾けた。Sは踊っている。リズムを刻んで踊っている。ゆっくりとゆっくりと。その先には、動けなくなったあなたがいて、Sは手を差し出して、あなたを支える。大丈夫。あなたは何も悲しみを感じる必要はない。あなたは何も生き抜く必要はない。