×

何をお探しですか?

キーワードを入力して Enter を押してください

コンテンツにスキップ
← トップページへ戻る 日記

2月10日(月)沈黙思考

 沈黙のうちに何があるか?静かな物語が立ち上がるとでもいうのか?昨日のことから書いていく。寝る前も落ち着かず、気持ちも不安定。彼女が不安定な精神状態になる。やはり、難しいか?お互い人との距離をとるのが難しい性質を持っていると自認しているもの同士。だが、あきらめない。まだあきらめない。人との関係性において、わたしはあまり価値のない人間だが、わたしはわたし自身をあきらめていない。

 9時から始めたモーニングページ。30分間書き続ける。どんな文章でもよい。書き続けることに意義がある。誰もわたしに興味がない。誰もわたしに関心がない。それでも、わたしはわたしを見捨てない。それでも、わたしはわたしをあきらめない。そんな朝のひと時、薬を飲もうと思う。色々病院のことを考えてしまって、混乱している面もある。先生が精神科以外の出身だとか、経歴がホームページに書いてないだとか、いろんなことが気になっている。わたしはこのままこの病院に通い続けるべきなのだろうか?かといって、他に行くあてもないので、すぐにどうこうすることもない。今の先生はあっている気もするし、どうなんだろう。1番苦しい時を支えてくださった先生だし、やっぱり変えるのは抵抗がある。さらに近くの病院といっても、なかなか簡単には見つからないだろうし。新しくできるのならば、また違うのかもしれないが、、、。薬の服用は順調なのだろうか?薬の量的に残ってる種類が出て来ているので、飲み忘れが発生している可能性も高い。レキサルティについては、最近もらっているので、水曜日には薬がなくなってしまう。なくなるとよくないのは明白だ。だから、注意する必要がある。15分間書いて、あとの15分は休憩してから書こうと思う。わたし自身の何をこのブログにぶつけようとしているのか?わたしは何を感じているのか?とりあえず書く。書くことが大事だ。文章を書くことこそ大事だ。5分たったと思ったら、立っていなかったかもしれない。あとの15分はパソコンで書くことにしよう。

 自分を失うこともなく、自分を感じるのみ。

10時50分今から15分間書き続ける。モーニングページのようなもの。昨日の寝つきは、悪くはなかったが、中途覚醒で、嫌な夢のような感覚を味わう。過去のことが、、私を追い詰めていく。私自身の内にまだ割り切れていない、ふっきれていない部分があるのだろうか。1分間でどれくらいの量が書けるか?それはどうでもよい。朝起きたのは8時半頃だ。やはり10時間以上は寝ている。これからどうするか?もはや病院に行く選択肢はない。病院は水曜日に行かなくてはならないが、今日行くという選択肢はもはやない。今日は14時から英会話。今日は昼過ぎから父の手伝いがある。少しずつ少しずつ前に進めていくべきだ。少しずつ少しずつ前に進めていこう。そう。同じことの繰り返しでも反復してやっていく。丁寧に取り組んでいく。

 プログラミングも本を読んでいて、理解が難しい部分も多くある。まだまだ未熟者であると同時にそれだけ伸びしろも感じるわけです。本でやりかけていた部分をやろうとして、そのまま手つかずになっている。実際に動かして、やってみなければならない。RUBYの勉強をもう少し速度をあげて、スピーディーに取り組んでいきたいものです。

 どれだけ進んでも、どれだけ進んだようにみえても、先を見ればきりがない。先を先を見すぎてしまって、五里霧中の中を行ったり、来たりしないように心がけよう。

 私の動きとしては、まとめると、これからは①プログラミングの勉強②ブログを書く③小説を書く④本を読む このあたりのことを続けていけたらいいなと思う。実際問題、外に出ることの恐怖は少しずつ脱しつつある。それでも、やはり怖い部分は以前としてある。3月のテニスの復帰に向けて、壁打ちの練習にも行かなくてはならない。ぼちぼちしていこう。ぼちぼち取り組んでいこうと思うが、なかなか簡単ではないな、と思う。自分の中で活動意欲や活動量は上がってきている。それは間違いない。

 そのことはテニス、本を読む、動画を見るなどの行為について集中力や夢中になる、といった感覚が出てきていること。時間が経つのが、速く感じるということ。などをあげてみると、やはり調子は上がってきている。回復傾向であるのは、間違いない。壁打ちも、なるべくなら人の少ない時に行きたいものだ。平日のお昼などは人が少ないだろうか?いつもいつも、同じようにしているのならば、いつもいつも同じ繰り返しが、安心感や慣れで、負担を軽くするものならば、その習慣化、慣れ化を使ってみるのも、良いかもしれない。いつも行っているところだから、という理由で、いつもいっているところだから、安心だ、何もいつも通り、起こらないだろう、という感覚でいられるのならば、それは、それで素晴らしく安心できる材料になるだろう。キーボードのキーを押す音が大きくなっている。ノッテきている証拠だ。私は、ノッテくるとキーボードの音が大きくなる。それだけ力が入っているということだろう。それだけ指が動いているのだ。それが、大事。あと2分。あと2分。時間の経過を書くのに、手間をかけている気がする。他の人のモーニングページを読んだことはないが、通常は公開しないのだろう。きっと、そう。だって、人に読ませるようなものではないから。実際、私のモーニングページも読んでいる人はとても少ない。それでいいんだ。私は私のために書いている。そのことが、何よりも愛しく、大事な点である。

 ライフログとしての機能。12時くらいに昼ごはんを食べる。きつねちからうどん(揚げとモチが入っていた)。両親と食卓で会話。今日通院しないこと。明後日通院することを伝える。気が変わって、私が今日行こうかな?と言い出す。お薬はちゃんとあるか?と問われて、「水曜日まではある」と答えた。今日行かなかった理由について両親からも聞かれたし、いろんな人からも聞かれたけれども、うまく説明できないけども、英会話というのは、ひとつの負担になっているのかもしれない。今日の14時に約束してしまったので、それを変更してもらうわけにもいかず(なぜなら、一度体調不良のため、キャンセルしているので)、病院が絶対に月曜日行かなくても、いいなという着想がビビッとやってきて、その直観にしたがったまで、という言い方もできる。

 お昼ご飯の後はチャットをして、その後、noteの他の人の記事を読む。最近、わりと好んで「統合失調症」のことなどを書いている人を読んでいる気がする。おすすめに出てくるので、そういう項目を私が読みやすいとは、noteにもわかっているということなのだろう。そんなこんなで読みつつ、何を思ったか、久しぶりにニコニコ生放送を見る。「精神科病院に入院」という放送があったので、興味ひかれて、少し見てしまった。30代くらいの男の人がどこからか(室内)放送している内容だった。声は出さずに、顔のドアップ(といっても、顔の上半分のみ)とテキストベースでコメントに対して、受け答えをしていた。放送の項目を見ると、アルコール依存症とかうつとか、そんなことは書いてあった。入院というから勝手に統合失調症をイメージしてしまったが、それも偏見だよなあ、と反省する。それから、はじめてつくるWebアプリケーションという本を少しだけ途中だったのを読み始める。VScode開くところまでやっておいて、後は英会話の後にしようと思った。

 会話をするということ。そのことそのものが、こんなにも大変なことなのに、それを英語であえて、しようという私は大バカ者か?どうなのだろう?新たな人間関係をしょいこんだだけで、つらくなりはしないか?

英会話を緊張しながらも、終えて、昼寝に入る。少し疲れている。

 なぜ他の人のモーニングページが公開されていないか?モーニングページは、人に見せてはいけないものだったようだ。なんてことだ!モーニングページっていう名前を使うことも間違っていたらしい。そもそも、人に見せている時点でモーニングページではないのだから。人に見せない前提で書かないとやっぱりダメなんだな。心の奥底でたまった悪の部分や、他の人に言えないことを書くためだろうか?そうして、自分自身のうちなる声に耳をすますことができるならば、素晴らしいことだと思う。

 わたしの選択としては、2つある。なんちゃってモーニングページとして、これからもこのブログに書いていくか?それとも、紙のノートにモーニングページを書いていくか?それにしても、3ページ書くのが本当らしいが、A4ノートだとしたら、結構きつそうだ。わたしが書いているブログでも、30分で3ページいってない気がする。

 うまくいかないわたしとうまくいった人を比べて落ちこむのも違う気がする。わたしはわたしのペースでやっていく。そのことを肝に銘じて、進んでゆこう!

コメントを残す