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← トップページへ戻る 日記

2月9日(日)「モーニングページ復活」

 今日は30分ほどモーニングページをしてみようと思う。キーボードの操作が最近はいまいちなので、スピードは落ちると思うが、自分を開放して、書きたいままに書いていく、そんなやり方を久しぶりにしてみよう。

 昨日の夜はお風呂からあがって、気分は悪くない、夕方から夜にかけてくる調子の悪い波をちょっと感じながら、動画を見て過ごす。中年精神障碍者チャンネルの「せわしキング」さんが、登録者数が減っちゃって、みたいなことを言っていたので、どうしてだろう?醜形恐怖を克服したからかな?とか思って、コメント見ていると、やっぱり醜形恐怖症を克服したから、減ったんじゃないかと思われるやりとりが見受けられた。実際問題、かなり辛辣なコメントも来ているようで、それを全力で消しているようなコメントもあったので、まあ人間そんなもんか、そりゃ、せわしキングさんの生き方を否定するような人もいるだろうから、お互い様だな、なんて思ってました。それとともに、統合失調症?だった(今は薬も通院もしていない?本当か?)みうさんの動画も、コメントを見ると、なんだかなあ、と思うこともある。他人の批判をするとたたかれるだろう、というのは、わかるが、そう感じてしまったので、ここに記しておく。具体的なものごとそのものは触れていない。読んでくれている人が増える。見てくれている人が増えるってのは、もちろんアンチも増えるってことだろうから、なかなか難しいですよね。自分が人間的になんだか腐っていっているような気がして、少し戸惑う。当たり前の感情かもしれなくて、当たり前の人間らしい感情かもしれないけど、それを出すことは醜かったり、腐ってきていると感じるのは、なぜだろうか?

 今9時28分。書き始めたのが、9時17分くらいだったか、ということは30分。9時47分を目安に書いていくつもりです。私はとても弱い人間ですから、とても誇れるものは、ありません。ただ、私を好きな人もいるので(自分自身もそのひとり)、私は生きていこうと思います。どういう心境?気持ちがぐらぐら、ゆれすぎじゃないのか?もっと、何か違うことを書いていたような。過去のモーニングページもこんな感じだっただろうか?うん、こんな感じだった気がする。それで、だ。それで、私は21時頃に電気を消して、布団に入った。「それゆけメッセンジャー」のラジオを聞き逃し配信で聞きながら、寝ていると、すぐに寝てしまったようだ。ものの、5分とたっていないかもしれない。私は文章が下手くそだろうと書き続けなければならない。書くことが、ひとつのエネルギーになっているのだから。

 そんなこんなで、なんだか眠くて、朝起きたのが9時前。やはり12時間睡眠がデフォルト(通常)なのか?たくさん寝てしまう。また昨日は嫌な夢を見てしまう。昨日に引き続き嫌な夢だ。自らを責める力が大きく働きつつ、私は私をゆるし、私は私を愛している。どうであれ、どうであれ、書き続けよう。書き続けよう。

 いきつぎをしながら、書き続ける。あと12分。半分を切った。書くことが、出てこないのは、虚しいことだ。私はとにかく書き続ける。思考が貧困化しているのか?私は、何か書くことが難しく感じているのか?あれほど書くことが楽しかったのに?何をもって楽しみとしていたのか?何をもって慈しみとしていたのか?私は私のために私を生きさせる。私は私のために世界を進めていく。私はぼんやりとでもいいから、前に進んでいく。一歩一歩、小さな一歩でも前に進んでいく。親もうっすら、私がよくなってきていることに気づいている。その一方で、働かずに過ごしていることについて、思うところは、あるのかもしれない。無理やりに「優しい子供」に育って、それでよかったというふうに解釈づけているふしはある。実際は、そんな優しい子供でもないだろうに、、と私は思うが、それを言っては、親の幻想に水を差してしまうので、やめておく。なんだか、自己否定と他者否定の入り混じったような文章になっている気がする。多くの人に触れても耐えられる文章なのか?と少し疑問に思う。嫌われることは仕方がないけれども、意図しない誤解で、お互い対立するのは、無駄なことであるので、避けたいところ。あと7分。私の中に何か残っていますか?

 新しい小説を書くときに、何を考えるか?私の中で、何を感じるのか?いよいよ新しい小説をnoteに書くことになる。今までの連載していた小説が終わったために、新しい物語を書き始めなければならない。ツイートをするか、どうかについて、悩む。宣伝効果としては、あるんだから、気にせずおしていこう。スタイルは今までと一緒だ。書けるぶんだけ、書く。1日1話更新というよりも、1日書けたぶんだけ更新する。そのスタイルが私にはあっている気がする。あと3分。あと3分。どうなる?こうなる?私の無能さを有能さを、、そのような考えにいたらせる愚か者の私。私から入っていく。世界が、私から入っていく。何か書き疲れたような、そんな疲れ。何か書き終えたような、そんな疲れが入っていく。私は私の小説を書いていく。私の体験している世界にちょっぴり味つけをしていくのだ。(最近味つけという言葉をよく使っている、新しく語彙に増えたのか?よくわからないが、小説の文脈でよく出てくるのだ)想像力を働かせよ。想像力を求めよ。私の世界を広げて、狭める。私の世界を活かして整える。どこまで行っても、空は青いまま、どこまで行っても、雲は白いまま。モーニングページ終了。

朝起きて、コーヒーを飲みながらモーニングページを書く。うん。そのようなものだ。人生とは、そのようなものだ。自分自身をいやすために、私は書いている。私自身の楽しみとして、書いている。そのことは忘れないようにしたい。そのことは、私にとってとても大事なことなのだから。

 新しい風を吹かせよう!私は静かに生きている。生き抜いている。だからこそ、その世界をとどめようと、、、。力が出ないような出たような、、、。このような形で、全てが終わってしまうことに、涙する現状回帰。昔のように、また昔のように、わたしはわたしであり続ける。形あるものでありながら、形から脱するようなものだ。殻を破れるように?いや、待て待て、あなたはわたしを知っているだろうか?母のわたしへの愛情が増しているような気がする。どうしたことだ?特にそういうふうに感じる。良いことなのだろうが、どう感じるか?どう解釈していくか?技法としてのわたしたちの?いや、違うな思考ではなく、想像力を働かせよう!どこまで行っても、この先には道はないのか?どこまで行っても、この先には何もないのか?今日はいつもと違う道を通ってみようか。散歩だ。散歩のことだよ。何を言っているかわからないって?散歩のことだと思う。たぶんね。たぶんだけども。

 私は私のために?何か私そのものに深く入った。それだけではない。それとは何か?何でもないこと。ただの、なんでもない事。言葉がうまく出てこない。それだけである。ここの部分は何もない空白。楽天思考。楽しく、楽しく。楽天的なイメージの言葉を意識的に発する。

 私は私であるが、私でないかもしれない。その可能性について、深く考えことはあるかい?と誰かが聞いた。私は世界そのものを知っているのだろうか?いや、何も知らない。そう気づいて、私は私そのものの世界を閉じていく。どこからともなく、聞こえくる音がある。ツンツンツンと音がする。キンキンキンと音がする。私の中にあるのは、私の中の世界。私の中にあるのは、私の中にある世界。どこまでいっても、ここから言っている。この場所から私はひとつの形をともなった空白を彩りの中に聞いている。いや、知っている。その中から、どこかへ行ってしまう。欠片はどこにもない。世界は夢しかない。あなたは、きっと知っている。美しい世界を。美しいあなたを。ずっと知っている。ずっと見ている。ずっと聞いている。ずっとずっと。そこにある。私はきっと誰よりも生きている。そう。私が感じるのは、私への息吹。私からの息吹。誰よりも、誰よりも、知っている。あなたは誰よりも知っている。うまくいかないことはある。うまくいくこともある。誰よりも、知っている。きっと認めている。あなたたちの世界を見ている。あなたたちの気持ちは、どこまでいっても空虚なものである。

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