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← トップページへ戻る 日記

2月8日(土)「存在志向を探して」

 昨日は21時くらいに寝た。お風呂から上がって20時前。その後、1時間どうすごすか?だった。動画見たりして、21時まで過ごす。動画は最近野球の動画をよく見ている。イチローの年度別成績みたいなのをずっと順番に表示している動画を見ていた。それで、1時間過ぎたのかな?動画を見ると、すぐ時間が過ぎる。21時少し過ぎに布団に入る。湯たんぽを久しぶりに使ってみた。すぐに寝つくことができた。

 朝起きたのは8時頃、そこからダラダラ動画見たりして、8時45分頃一階におりていって、ごはんを食べる。朝ごはんはシチューと青菜と揚げの煮野菜、を食べる。コーヒーと水筒(お薬を飲むためのお茶)をもってあがり、2階の自室でサッカー日本代表の動画、統合失調症の女性みうさんの動画を見る。

 さて、今日についてのプラン。昨日はゆっくり休めて、ほぼほぼ疲れもなくなってきた。英会話の次回レッスンのぶんもいれるべし。今日は土曜日なので、いろいろとやるべきこともないかな?いや、どうだろう?言葉が出てこない。何も出てこない。どうしたことだろう?どうして言葉が出てこないのだろう?というか、何をテーマに私はブログを書くべきなのだろう?ライフログ的なことでいうと、動画の感想とかを書いたら、いいのだろうか?書いてみる。冗長すぎる、長たらしく、思考の過程まで、たどっていくのは、まずいよ、と思っていたけども、悪くはない。それも悪くはないと思えてくる。とりあえず正解なんて、なくて、私は私のやり方でブログを書いていこうということだ。つまり、楽しくハッピーにブログが書けるように、自分語りができるように、自己開示ができるように。

 話題があちらこちらに飛ぶのは症状のせいか?とも彼女と話し合っているところ。実際は、どうかはわからないけども、あちらこちらに飛ぶのは確か。連絡の頻度について、毎日ラインし過ぎじゃないか?とも思う。もう少し頻度を減らしたほうがいいのかもしれない。それもふくめて話し合って決めるべきだよなあ。

 今日は図書館に行こうかなとも思う。このあたりは、本当に雪が降らずに助かっている。図書館に行くにせよ、どちらの図書館に行こうか?から始まり、本を予約していたな、と思いつつ、予約していたものを取りにいかないとなと思う。

 姿を隠しつつ、私が私であることをバレないように、生きている気がする。マスクをして、帽子をかぶって、「あなた誰ですか?」っていう感じです。自分自身マスクを外して、帽子も外して、生きることに抵抗は感じている現状ではある。独特の文体がある。独特の物語がある。わたしはわたしの内面から生まれるものをすくいとるのみ。

 そういえば、新しく「わたしたちという庭の木」がKINDLEで出版される。少しずつ少しずつ積み上げていくしかない。活動も少しずつ少しずつ積み上げていくしかない。

 実際、そうはいっても、図書館に行かない気もする。いつもいつも行く行く詐欺で、実際図書館には行っていないのだから。歩いて、図書館まで15分くらいかな。行くか、行かないか?何を考えている?何も考えていないのかもしれない。キーの打ち方がへたくそになっている?よくわからない感覚だ。

 所有志向でなく存在志向で、内面から価値を生み出せるように、自分がどんな状況になっても大丈夫だという自信?そんなものが、持てるのか?内面から出てくる価値観に重きを置いて、人生を生きていく方法。ちらっとネットの記事で読んだのだが、、、たしかになあ、たしかになあ、と思う。たしかになあ、、たしかになあ、と思うことが多すぎる。

 内面的な変化でいうと前のように自分を否定しなくなった点、ひとつ良い傾向かもしれない。罪業妄想もおさまりつつあるのかもしれない。それにしても、言葉が出てこない。何かが、違う。何か、ノッてない。それは、わかる。一体なぜだろうか?私は私の内面から何も出てこないのか?

 悩みという観点から、私の内面を探っていく。薬のレキサルティはよく効いてくれている気がする。ドクター的には、レキサルティが2mgまでしかないのだが、心配らしい。たぶん、そんな感じで、それとなくぼかして言っていた気がする。今はしかし、1mgでいっているので、実際問題、どういう処方を目指しているのか、私が望んでいるのは、薬の増量ではなく、薬の変更なのだが、どうもうまく伝わっていない気がする。それか、今は、まだリスパダールのほうが、良いと先生は判断しているのかもしれない。先生は、私の病状をどう判断しているのか、よく見えてこずに、なかなかうまく話し合えないのが、悩みでもある。来週の月曜日が通院日なので、少しでも、うまく話せるように対策を立てていかなければならない。ただし、具体的な対策は?って聞かれると、何もないような気がする。何か出していかなければ、ならないとわかっているが、何も出てこないような無気力な私がここにはいて、どこまでいっても、気力をもって問題を解決しようと思う自分がいない残酷な事実に悲しくなったりする。

 お昼からプログラミングの本を読んだり、ラッセルの幸福論、オイゲン・ヘルゲルの「弓と禅」などをパラパラと流し読みしてみた。独学プログラマーという本はプログラミングの大枠的なものを教えてくれているようで、なんだか、ためになっている気がする。今日も図書館には行かずでした。結論、散歩に行っただけで終わりました(しかも15分だけ)。私の中で、どのようなものが生まれてくるか?話し聞き屋などを考えてはいる。話しを聞くだけで、あるが、長期的な関係性で、お互い成長できるような関係を理想としている。なんだかんだ混乱している面もある。

 世界が怖いというとらえかた。その点について、考えてみる。世界が怖いというより、人が怖いのだろうか?他者という恐怖。他者は私を傷つけたり襲ってきたりするものだという認識があり、そのことが私にいろいろ外で活動することにブレーキをかけている気がする。オーディオブックで「生きやすく」なるような本をきいてみている。楽しく書ければ、それでいいじゃない。他者の目ばかり気にしすぎて、自分の大切にしているものを忘れてしまっている。そんな私が今まさに小説を完結させようとしている。そのための書く力。そのための物語の力。そのための私。

 世界の果てまで行ってを出版できた。後は、承認がおりるのを待つのみ。一歩一歩。本当に一歩一歩だが、進んでいる。コンテンツ自体は、増えているのだ。これからなん十冊と出していけるようにコツコツ頑張るぞ!!

 そのためには書くこと。私は私の世界を書くことが大事になってくる。うん。いいぞ。と私が私自身を後押しできるようにしなければ!いいぞ!ニル!いいぞ!ニル!

 うーん、、、続けていこう。心ゆくまで続けていこう。身の枯れ果てるまで。

 

 

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