まずはパニック障害。つらい発作。死にそうな感覚。私は体験したことのある身ではない。だから、そのつらさはわからない。統合失調症以外のものごとについては、ほとんど知らないのも同然だ。その中で、パニック障害は、電車に乗れない、などとよく言われるのだが、人の多さが関係あるのだろうか?それとも、閉じこめられている感が違うのか?とにかく何かあったときに、しんどくなるという(発作が起きる)というよき不安によるものか。私の中で、世界をそのまま、とらえること。パニック障害の世界をそのままとらえることは、なかなか難しい。そんなことができると思うほうがおかしい。
絵のタッチはサラッとして読みやすい。線が細く、昔の少女漫画的なものに近いと思う。絵に抵抗があれば、かなり読むことが厳しい私なのですが、この漫画はサラッと読めました。1巻で、よわい先生の過去がさっそく明らかになり、優秀な人だが、何かやりたいことがあって、今の病院に勤めている(そこは、ヨワイ先生と看護師さん精神保健福祉士さんの3人で運営されているのかな?)。そんな先生が、いろいろなかかわりを通じて、患者さんを救っていくというものだ。救われた場面は、かかれていないが、実際は、いい方向に向かって、動き出しているところで、それぞれの病気の単元は終わっているようでもある。結局のところ、ほほえみウツの話で、昔のままのその人では、うまくいかず、その人は生き方を見直さなければならないというところまで、踏みこんで書かれているのは、素晴らしいなと思った。私も病気になって、今までのような無理、無茶な働き方は、やめようというのが、私の正直なところで、今までのその人の生き方は、今までの過去の私の生き方を変えていかなければいかないと強く思っている次第である。
少しだけ出てくる発達障害においては、やはり人といろいろな面でうまくやれないのが印象に残ったのと、幼少期から発達障害の特徴は出ているはずとヨワイ先生が、おばちゃんに診断しているときに、言っていたので、私も発達障害かと思っていたが、その兆候が過去にないのであれば、そうではないのかな?と感じた次第である。実際問題、そのような診断をするか、どうかはお医者さんによるところなので、まったくなんともいえないのだが、現実発達障害うんぬんよりも、統合失調症の症状で、社会的に止まっている、家でひきこもり状態に近い状態にとどまっている ので、そっちのほうの面にどうしても引っ張られてしまうものだ。
それと心療内科は、精神科以外の科のお医者さんが診てる場合もあるというのも、目からウロコの話だった。いろいろと知らないことがいっぱいあって、知らなかったので、そういえばお医者さんの経歴なんて、考えたこともなかったな。ホームページにのっているんだろうか?今私はどう病院を決めたか?というと、親の紹介。もともと、弟が通っていた病院というのもある。自分で病院を変えたり、一歩踏み出すべきなのかもしれない。今の先生を変えるリスクももちろんあるが、実際問題、カウンセリングやデイケアがないなど、小さな病院のデメリットが、最近感じつつあるので、迷うところである。パニック障害のストーリーででてきた患者をほとんど見ていない医者には出会いたくないものだ。そのへんのどのお医者さんが、いいとかの情報の調べ方がまったくわからず、インターネットで調べるか?と迷うところ。口コミが一番信頼できるかもしれないが、実際問題、病気のことを話せるリアルな友人もいないので、どうしようもない。
そんなシュリンク。意味は縮める。アメリカで言われている考え方で、その人の広がってしまった妄想を縮めるって意味。妄想というか、考えかな?考えが広がってしまって、アップアップなっている人を考えの幅を縮めてあげるっていうことなのだろうか?私も、よく理解していないが、面白い考え方だな、とは思った。精神科にかかっている人の数はアメリカはとても多いらしい。気軽に精神科に行くらしい。そういう意味では、日本では、精神科?というと、びっくりしたり、え?ってなるような雰囲気があるので、気軽にいくところではないので、だいぶ違いがあるな、と思った。精神科というと、統合失調症のひどい症状の人が閉じこめられて、虐待されている可能性もあるのだから、氷山の一角である。いろいろな日本の医療の問題。社会の問題。どうしてこうなってしまったんだろうな?どうすればよかったか?というより、どうしてこうなってしまったのか?という原因を探ることkに意味はないかもしれないが、気になることではある。だが、未来志向でどうすればいいか!を論じていくのが、確かに大切だと思う。
映画どうすればよかったか?はこれからどうすればよいか?という問題を私たち観客に問いかけているようでもある。