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わたしたちという庭の木(39)終

 私は生きている。その中で、まだ生き抜いている。静かに世界を見つめている母。私は何を考えているのか?私はどこかへ行っているのか?私は何をしているのか?どこかへいこうとして、どこへもいけないような?奇妙な人生のそのもの。私は生きている。そのことが、何よりも尊いのではないか?あなたは私に言うだろう。

「大丈夫だよ。何も心配することはない。この世界はひとつのあたたかな記憶で満ちている。だから、人々を信じてください。だから人々を見つめてください。どこまでも、遠くからでもいい。どれほど弱い光でも良い。光を求めているのだ。私たちは、光と1人を求めている。誰よりも、その道からいけるものごと。誰よりも静かな世界そのもの。私たちの物事のはじまり。すべての物事の終わり。その続きから来るのだ。あなたは、その続きからやってくるのだ」

 私は気づいている。いろいろな終わりがすでに始まっていることを。私は知っている。あらゆるものごとが、すでに終わりに向かって始まっていることを。誰よりも、この世界が私に近くなる。どこでもない華麗なる抽象性を誰よりも細やかな世界へといざなうものだ。

「私は生きる。私は強く生きる。その世界を静かな水面から波たたない石のように、静かに内に入る。私は静かに内に入り、その世界を私そのものへと変えていく。他者の世界を私そのものへと変えていく。私そのものへと。私そのものへと。変えていくだろう。世界は、静かに続いていくだろう。この世界はどこかに行ってしまうのだ。どこかに去ってしまうのだ。いいかい?ここにあるものは、すべて過去のものだ。いいかい?ここにあるものは、すべて未来のものだ。すべてが、ここから始まる物事だった。すべてが、ここからひとつの世界へと。その機械はどこまで行っても、空の色をした機械だった。私は微妙な駆動音をそのままに、そこから大きな果実を得るだろう。今日の日々に感謝する。私は今日の日々に圧倒的な感謝をもっている。私の領域は日々の世界からやってくる。他人の場所から私の場所へと至る道。どこかにある。どこかにあるだろう世界。私のほしいから、あなたのほしいへと至る道は、またあなたから私へと帰る道でもある。私は言うだろう。あなたはすでにあなたである、と」

 ここまで言って、私は世界を鎮静化した。私の物語は、どこかへと静かに整えられていく。そして、この終わりが、世界からの独立を達成しようと、常にもがいているのを見た。彼はどこかへ行ってしまった。あの強くたくましい彼は、静かに去っていった。私たちの世界から退場したのだ。そして、残ったのは、私たち。残ったのは、わたしたちという庭の木。

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