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映画「どうすればよかったか?」を見て

 見ているとき、見る前は強い不安感を感じた。監督のお姉さんが統合失調症疑いのある人で、実際映画の後半はそういう診断を受けていたのだと思う。その言動(病院にかかる前)を見て、聞いていると、正直しんどくなってしまった。私の幻聴とリンクした。

 監督ははじめにお姉さんが病院に行ったとき、なんの問題もなく健康だ、と言われたのは、嘘だ、と言っているが、実は本当で、それを頼りに両親は姉が病気でないことにして、過ごしてきたのかもしれないと感じた。それが、嘘にせよ、真実にせよ、その「姉は病気でない」ということを頼りにずっと過ごしてきたのだろう。あのような状態の姉と病気でないという認識にせよ、ずっと暮らしていくのは、とても大変だったと思う。そのことを考えて、姉にとっても、両親にとっても、病気でないとして、生きていくのは、とてもつらいことだったのではないかと感じた。

 また強く印象に残ったのは、病院にかかってから、姉が受け答えがわりかしできるようになって、会話として成立していることだ。残念ながら、ガンによってなくなってしまった姉だが、病院に通ってからは、外出も楽しんで過ごしていたように見えた。おおきなショッピングモールみたいなところで、人が多い中、普通に買い物をしている映像もあったりして、すごい統合失調症自体は、回復しているんだなあ、と感じた。やはり、薬、通院の偉大さを感じざるを得ない。

 それと同時に、家族の問題として、この映画はつくられている側面もある。つまり、病気でないとして、家族内の問題として、この問題に取り組んできた両親と弟(監督)。弟(監督)は、他の人に助けを求めるべきだとの考えを早くから、もっていて、そういう話を何度か父母としていたようだが、なかなか2人の考えを改めさせるのは、難しかったようだ。特に両親がお互いに「父さんが」「母さんが」と相手が、統合失調症の娘として扱うことを嫌がったというふうに弟に話しているが、その実、それに納得して、配慮する部分があった時点で、お互いに、「姉が病気である」と認識して、そういう前提で生きていくことに強い抵抗があったことは間違いない。もっと早く受診していれば、もう少し違った人生結果もあったかもしれないが、お姉さんの20年という時間は取り戻せずに過ぎ去ってしまった(病気の症状とみられる状態で、過ごしてきてしまった)ことに、とても残念に思う。それにしても、ニューヨークに姉さんが単身行ったというのは、驚いた。姉は正常な部分もあわせもちつつ、正常でない部分もあわせもっていたのだと思う。そういうある部分においては、正常なのだが、ある部分においては病的であるといった問題の根深さがそこにはある。あれはできるけど、これはできない、というようなことが、人間の根幹である思考の部分で起こってしまっていることに、この病気の怖さ、そして、やるせなさを感じてしまう。体は元気なぶん、いろいろな行動を起こせるという怖さ、(もう一方でいうと可能性)を感じずにはいられない。その部分で、ドアに鍵をかけて家の中に閉じこめるということもしてしまったのだろう。親戚のおばさんらしき人が、姉をたずねて、こんなことになっているとは知らなかた、いや、うすうす何か起きているなとは感じてはいたのだろうけど、実際の現実より、親戚や両親の間では、姉は父の論文を手伝っている仕事を家でしている、というような物語が作られていて、それを信じることで、親戚もふくめて、家族は生きてこられたのかもしれない。母親が言っていた「そうなったらお父さん死ぬよ」と言っていたのは、ある意味では、そういう物語が崩壊したときの両親の精神的なショックの大きさがどれほどになるか?の比喩でもあり、同時に、そういうことによって、問題を病気でないんだから、という結論にもっていきたい母親の気持ちも透けて見える。

 結局、姉はガンで死んでしまい、棺には論文が入れられる。同時に好きだった占いのタロットカードなども、入れられて、ああ、弟である監督は納得していないと思うが、私も姉が、ひとつ幸せな人生を歩んだのかもしれないと、母や父は自分のためではなく、姉のために病気でないという幻想にしがみついたのかもしれないと少し感じた。むしろ、残されたものにとって、その幻想そのものが、姉が幸せに生きたという喜びにつながっていくためのものであるはずだ。

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