モーニングページをふと思い出す。思いのままに書いていくスタイル。わたしの中で何か発見があるかもしれない。書くことが最優先される状況を作り出す必要性。昨日の夜は21時前に布団に入る。
彼女とあれやこれや、いざこざが少しあったけれども、無事仲直り?的なことになった。だが、実際問題彼女は僕のわからない部分に勝手に恋してるような気もする。わたしという人間の実像はそれほど好かれるような人間ではないと自分では認識しているのだから。それが間違ってるか、あっているかは、自ずとわかるだろう。わたしはわたしのペースで物事を行なっていくのみである。
NHKラジオ。ロッチとアイドルが、やっている番組を聞きながら、布団に入る。少しいつもより寒さを感じたが、いつも通りすぐ眠りに入れた。
それから、朝目が覚めたのは8時前。やはり10時間以上は寝ている計算になる。寝過ぎかな?とも思っているのだが、なかなか睡眠時間減らせないのが実情だ。起きる時間はわりと一定しているので、寝る時間を変えてゆこう今の21時くらいから22時、さらには、もっと、というふうに。
気持ちの切れ目が、やってくる。昨日も短編いや、掌編小説をひとつ書いたのだが、書いたことが自分にとってどんな影響をもたらすか?について、あれこれ考えていきたい、と思ったが、実際問題、考えるべき思考力は持っていないらしい。ナニモワイテコナイ。
他にいろんな書くべきこと、書くためのもの、があって、それをどのくらい書くか?いや、何もわいてこないんだ。悲しいことに何も。だが、実際はいろんな小説がかけているようでもある。かけていないようでもある。中身のない空白。どこにもない場所。このあたりのむなしさを今のわたしなら書けるだろうか?少し書いてみるか?
いや、ダメだ。何も出てこない。残念ながら、小説家としての私は死んでしまったかのようだ。何か書きたいことがあって書いているわけでもなく、何か伝えたいことがあって書いているわけでもない終わりの始まりを告げる感覚。
今日やるべきことも決まっていない。だったら、ダラダラと過ごせばいいじゃないか?と誰かが提案する。そうだ。それでいい。図書館に行っても良いし、散歩に行っても良い。どこにもいかなくても良い。
自分の心理状態がよくわからない。自我の境界が、壊れつつあるのか?ゆっくりのペースでも文字をつづっていくしかない。
どうなる?わたしの欠片。どうなるわたしの世界。私自身の特性を活かしたやり方。私自身の個性が発揮できる物語。
書くことにとらわれているのか?書きたいと願っているのか?誰のために書くのだ?なんのために書くのだ?まとまりのない思考。まとまりのない言葉。どこまでいっても、その先には何もない。そう。何もない空白があるだけだ。その先にある空白は触れられないし、つかめない。
昨日は夜寝る前にリリーフランキーの「ボロボロになった人へ」を読んだ。冒頭の一つの短編を読んだだけだけど、ボロボロになった人にありえないかもしれないけど、ありうるかもしれない夢を提供してくれているような気もする。他の短編も読んでみたい気持ちになった。
その他の精神的な動きか?何かあるかな?チャットサイトで、何か、関係性というものの、良さや悪さを学んでいるような?相手に求めるもの、相手から求められるもの、さまざまな要件が重なって生きているわたしたち。本当にいろんな人がいることを学んでいる最中。長く付き合っていくと、いろいろな感情的な揺れも出てくる。そこも、ひとつ自分で感じて、自分自身を知っていかなければならない。まだまだ成長できる!まだまだ変わっていけるんだ。過去やったことは変わらないけれど、多少の人格の訂正は可能かもしれない。そういう可能性は感じている。
今ある問題を見つける。今ある課題を見つける。今ある人生を見つめる。私の目標は「よりよく」生きること。楽しく生きること。そのためには、何をするべきか?考えて実行していく。
プログラミング楽しいかい?動画鑑賞楽しいかい?小説書くこと楽しいかい?生きていること楽しいかい?
朝思い立って、テニスの壁打ちに出かける。車で河川敷に行こうと思ったが、父の電動自転車を貸してくれるそうなので、自転車で行くことにした。外は寒いせいか、人も多くなく、人が多い環境にストレスのかかるわたしにとって良い外出になった。電動自転車で20分ほどの距離で、テニス壁打ちしたのは10分ほど。ほんの少しだけど、久しぶりのテニスとなった。握力が戻らずに、なかなかしなるように打てないのが、課題だな。ほぼ一年近くしていなかったので、母が言うようにあたるだけマシなのかもしれない。継続は力なりだ。また2月中に行って、練習をしておこう。3月か4月くらいに復帰できたら、いいなと思う。
帰ってきて彼女とチャット。なごやかに進んで、30分くらいで終わる。
そこから、本を読む時間。本を読む習慣の時間へと入る。
リリー・フランキーの短編小説を読む。今度は「死刑」と「ねぎぼうず」だ。
死刑については、残酷というか刺激的な状況が描かれていて、もっと気分が悪くなるか?とも思ったが、そうでもなかった。どうやら、リリー・フランキーさんの小説には性というものが、密接に絡まり合っている気がする。大人の作家は、村上春樹にせよ、そういうものかもしれないが、、、。私が目指しているのは、カフカとかドストエフスキーのような物語だ。そのような物語を書けるように日々奮闘するべし。
またちょっとしたことが気になる。母が、買い物に行く素振りを見せて、行かなかったこともアレコレ考えてしまう。少し敏感になっている気がする。プログラミングの本が届いたらしい。置き配なので、外に見に行くか。どんな本だったろうか?易しめの本だった気がする。リリー・フランキーは読めているし、いい感じだ。読書は僕なりに進んでいる気がする。
「はじめてつくるWebアプリケーション」という本がきちんとアマゾンから届きました。ありがたい。ありがたい。さっそく内容をやってみている。前半は初歩的な内容でわりとサクサク読み進められた。いよいよWebアプリケーションを作っていくところに入った段階で、休憩。今日はこれ以上、プログラミングの勉強をするか?は決めていない。
30分ほどチャット。JRが1時間とまったらしい。雪の影響かな?待つほうも大変な寒さだったろう。
昨日とはかわって、彼女と通話して、わきあいあいと話す。雨降って、地固まるだ。将来的なことはわからないけど、今は一歩一歩進むべきときだ。まだまだ私も至らない身であるが、一緒に幸せになれるように精進してまいります。
夕飯は魚だった。おいしい魚の味つけだった。セットとして、売ってあるらしい。同じ味ばっかりだったら、飽きちゃうだろうけど、おいしい味つけだった。糸こんにゃくとブロッコリーもあった。記憶して、記述する。その繰り返し。記憶して、記述する。その繰り返し。
とても寒い。外に出るのは、とても寒いが、なんとかかんとか、やっている感じ。どこまで行っても、遠い山、、、みたいな心境?どんな心境ですか??うーん、、よくわかっていません。とりあえず、何かよくわからない心境です。