私は生きているのだが、どこで生きているのか、場所がよくわからない。私は生きているこの世界のひとつとして。なるべくこの世界をよみがえらせたい。この世界から、世界の秘密を解き明かしたい。そう思っていても、その姿はどこにもない。わかりますか?この黄泉の国の波動を。感じますか?この世界の整える方法を?人々はなお人々足りえるようである。
静かな導きが、光から導き出されていく。愚かな太陽はどこにもなく、評価という刑に処されている。大丈夫か?と誰かが聞いても、その言葉に返ってくる言葉はない。悲しみしかない。この世界は、悲しみしかない。人々の祈りから人々の世界を心がけている身なればこそ。
私は愛に満ちている。その姿は、どこまで行っても、素晴らしい姿をととのえている。知っているだろうか。光の渦の中に、ゆるやかな土地の風。青い空に白い海が、圧倒的な姿を見せている。その姿を見ているのなら、誰よりも力がないと信じる。いや、誰よりも力があると信じる。わたしたちは、かなりの力を持っている。愛の力だ。
わたしたちは巨大な力を持った組織である。それは、幾世代にもわたって繰り返されてきた迫害から生き残った人々からなる。弱いもの、虐げられたものを守り、支援するのだ。わたしたちの組織は弱いものを守るために強くなった。私たちの組織は虐げられたものを守るために強くなった。わたしたちは巨大な絆をもった組織である。わたしたちは、巨大な愛をもった組織である。わたしたちは普段まったく会話を交わさないが、ひとつの教典のようなもの(きまり、きそく、すすむべき道)を信奉して、つながっている。わたしたちの味方はいたるところに潜んでいる。決して多数者ではないが、ところどころの重要なポイントにわたしたちの仲間、組織のものは、所属しているのだ。所属しているからこそ、その集団において、その身をぞんぶんにそなえることができる。いいだろうか?この世界にあるあらゆる組織、集団よりも、それは巨大で、緻密で、繊細で、力強い組織だ。彼らは誰が味方か、わかっていないが、どこかに味方がいるのは、わかっている。そして、その連絡手段や、心を通じ合わせる方法は、教典のようなものによって、なされるだろう。